ベネッセ教育総合研究所 進研ニュース
2002.07
特集 「学力」を考えるシリーズ 2
新しい評価観のもとで生徒の学力をどう評価するのか

達成度評価で学力が底上げされ、学校生活への満足感が高まった

新潟県新井市立新井中学校の実践

林 尚彦校長先生
新潟県南部、妙高高原の麓に位置する人口三万人弱の新井市。市立新井中学校(林尚彦校長)は、生徒数八百七十四人(二○○二年三月末現在)の大規模校である。「達成度評価」と呼ばれる評価方法(いわゆる絶対評価)を実施して四年がたつが、先生方が一人ひとりをより丁寧にみるようになったためか、生徒たちの学校生活への満足感や授業の理解度は、全国平均に比べてかなり高い、という効果が出ている。

新学習指導要領の実施に伴い、中学校での学習の評価方法も変わりました。すなわち、目標に準拠した評価(絶対評価)と個人内評価が重視されることになったのです。しかし、中学校では長年高校入試との関係で、相対評価を重視してきたため、絶対評価への頭の切り換えがうまくできにくい状況だといわれています。すでに1学期の通知表を準備する時期に差しかかっていますが、実践校の事例から、これからの評価活動のために、今、何が必要なのかを探っていきたいと思います。  (編集室)

絶対評価はやる気を起こす評価

 下の図は、新井中学校の通知表「しるべ」である。各教科の観点項目の三段階評価はむろんのこと、評定も5~1の五段階の絶対評価でつけてきた。その結果、例えば社会科の二〇〇〇年二学期のデータによると、4以上を達成した生徒が一年生で七三%、二年生が六〇%、三年生は六六%になった。
 研究主任の早津広文先生は、「相対評価ではなかなかやる気が起きない生徒たちも、達成度評価ではやる気が出てくるようです」と言うが、もちろん、評価方法を変えただけではこうした結果は得られない。
 「達成度評価に取り組むことで、授業を見直さざるを得なくなりました。その結果、先生方は一人ひとりの生徒をより丁寧にみるようになり、勉強のポイントを示すなど、生徒に達成感を味わわせる手だてを講じました。それが生徒たちの意欲向上につながったのです」(林校長先生)
 二人の先生の言葉を裏づけるのが、同校が二〇〇一年に実施した学校生活に関するアンケートの結果。文部省(当時)が発表した一九九八年調査の全国平均と比較してみれば、同校の数値の高さは一目瞭然だ。「学校が楽しい」と答えた生徒が五三・二%になり(全国平均一四・五%)、「授業がよくわかる」+「だいたいわかる」が六割強(全国平均四割強)にもなった。

学習指導改善の一つのアプローチ

 新井中が達成度評価の研究に取り組んだのは、校長先生の話にも出てきたように、学習指導を改善する一つのアプローチとしてである。一九九七、九八(平成九、十)年度に、文部省(当時)の教育課程研究の指定を受けたのがきっかけだ。授業改善や定期テストの見直し、評価の多様化などさまざまな角度からの取り組みと併せて行われてきた。
 「本校では二十年くらい前から、新学習指導要領の内容に近い、『生きる力』を育てる学習を実施していました。また、生徒による『自己評価』も行っていて、通知表「しるべ」とともに出す「鑑(かがみ)」という自己評価の記録(図の最下段)も十七、八年前から行っています。
 達成度評価の研究を始めた当時は、まだ新教育課程の評価の方針などは示されていませんでしたが、それまでの積み重ねが、取り組みを可能にしたのだと思います」(校長先生)

各教科の基礎・基本を明文化した

 新井中の実践でまず気がつくのは、教科ごとに、「基礎・基本」と「発展」の区別を明文化していることである。例えば国語の基礎とは、 教科書に出てくる新出漢字、重要語句、 説明的文章の指示語、接続詞、言い換えの部分…(後略)、 補助教材の問題、といった具合。社会科の場合、「明確に分けることは難しい」と断りながらも、
 「地理的分野ならば全国の都道府県名の名称と位置、歴史的分野ならば主な人物や出来事の名称など、教科書に太字でまとめられている人物名や用語を『基礎・基本』ととらえている。(中略)単に用語を覚えているだけでなく、それらを活用し、課題を解決していく力を『発展』ととらえている」というような区別をし、それとともに、どのようにして基礎・基本を定着させるか、その手だても明記している。
 新学習指導要領では、「基礎的・基本的な内容の確実な習得」が「生きる力」の育成とともに強調されている。しかし、「基礎・基本」はどのような内容を指すのか具体的に示されていない今、学校としてこうした目安があれば、先生方は重宝するのではないだろうか。主観的になりやすいといわれる絶対評価の欠点を補う役目も果たしそうである。

基礎・基本の問題は百点を目指して

 評価の仕方が変われば、当然、テストの内容も違ってくる。
 「相対評価では、ある程度点数にばらつきがあったほうが評価しやすいので、『この問題は高得点が予測される。だから、少しひねって出そう』とか、『平均点が六十点くらいになるように』などと考えて問題を作っていました。しかし、絶対評価では、純粋に、教えたことの習得度、定着度をみるための問題を作ればいいわけです」(早津先生)
 したがって、定期テストはどの教科でも、基礎・基本の問題を百点、発展・応用問題を五十点という配分で出す(百五十点満点)。特に、基礎・基本に関しては、「これがこの単元の基礎・基本」といった資料を前もって配ったり、社会や数学はプレテストなどをして、すべての子どもが百点をとれるような手だてが講じられる。そして、おおむね八十点をとれば「合格」とし、達成できなかった生徒には、再テストや補習等の働きかけも行われているそうだ。
 前もって問題が知らされていると、答えを丸暗記したり、一夜漬けをしたりする子がいるのではないだろうか?
 「いるかもしれませんが、それでもよいと思います。大事なのは勉強すること。その結果、達成感を得ることだと思っていますので…」(早津先生)
 五十点分の発展問題は、成績上位層を意識している。高校入試のことを考えれば、ある程度は応用問題にも慣れておかなければならないし、さらに意欲を高めるためにも出題するそうだ。
 「そもそも、本校の取り組みのおもな対象は、成績が真ん中から下のほうの生徒です。彼らに、3がとれるようになってほしいのです。4や5がとれる生徒は、自分で勉強しますからね」(早津先生)
 なお、英語の場合は、それまでの定期テストを廃止して、ユニット(単元)テストに移行。単元が終わるごとに、授業中に二十五分ほどのテストを行うようにした。
 「英語の場合、一つひとつの単元が短いうえに、学習の目標が単元ごとに違います。それを学期に一、二回の定期テストにまとめてしまうのには無理があったので、単元ごとのテストがよいだろうということになりました。単元ごとのテストや小テストなどの多様な評価活動は、『三時間+ 』の の部分で行ってきました。 は、主として、選択学習などから生み出された時間です。
 ただ、こうした実践を四年間続けてきて、単元が終わるごとにテストをするのは、問題作成の負担を考えても、かなり大変なことがわかってきました。また、新年度からは週三時間になり、これを行っていくゆとりもなくなりますので、単元テストについては、定期テストに戻さざるを得ないと英語科では考えています」(早津先生)

相対評価は、あくまでも情報公開の趣旨で

 新井中の評価は絶対評価を基本にしているが、通知表には、相対評価も併記している。理由は、高校入試のためだ。新潟県の高校入試に用いられる調査書には、十段階の相対評定を記入することになっているため、その調査書のもとになるデータを公開するという意味から、通知表にも学年におけるおよその位置を示しているのだそうだ。これは、絶対評価による各観点の総合点を正規分布に換算して算出する。一、二年生には三学期、三年生には一、二学期の結果を記載するが、あくまでもデータの公開という趣旨だから、いわゆる「二重帳簿」のような操作はいっさい行わない。データそのものを記入している。
 なお、新潟県では高校入試の調査書が、二〇〇四年度から絶対評価に変わるという。そうなると、同校の通知表から、相対評定は消えていくことになるのだろう。

絶対評価は教師にはね返ってくる

 主観的と思われがちな絶対評価の信頼性を高めるために、同校では、多様な方法で評価に取り組んでいる。(下表参照)英語科のような若干の変更はあるが、新年度も基本的に同じ方針・方法で進める。これは、先生方の負担にはならないだろうか。
 「確かに、提出物なども細かく見ていかなければなりませんから、相対評価に比べて、かなり時間がかかります。他校から転任してきた先生は、最初は戸惑われるようです。しかし、丁寧な評価をすることは、教師本来の仕事であったはずです。今後は、評価のための時間が保障されるとよいのですが…」
と早津先生。もっとも、評価に時間を取られすぎて、授業が二の次になってしまうようでは本末転倒だとも言う。
 「相対評価は、極端に言えば、生徒の顔を覚えていなくてもできます。しかし、絶対評価は、生徒一人ひとりの顔が思い浮かばないとできません。ということは、教師は、クラスの生徒それぞれがどんな学び方をしていたのかを思い出すような授業をしていかなければならないということです。『絶対評価は授業を問われる評価だ』と言われるのは、そういう意味です。
 また、相対評価は、評価した時点で、一応、その役目は終わったとも考えられます。生徒の評価が1であろうと2であろうと、教師はあまり責任を感じなくてもすみますが、絶対評価になると、2が多ければ、自分の教え方が悪いのではないか、評価の仕方に問題があるのではないかと反省せざるを得ません。絶対評価は、教師に直接はね返ってくる評価なのです」(早津先生)
 絶対評価の厳しさは、評価に時間がかかるということ以上に、普段の実践を問われることにありそうだ。
 「生徒をよく観察してデータを集めることはもちろん大切ですが、ただ生徒のデータを集めただけでは評価できないのです。データをもとに、どのようにかかわればその子が変わるかの仮説を立てることができてはじめて、生徒を理解したと言えるし、評価ができるのではないでしょうか」(校長先生)
 その意味では、絶対評価は、教師の力量を問われ、研さんを求められる評価であることは確かなようだ。加えて、次のようなことを戒められた。
 「評価規準・基準をマニュアルと見なして機械的に操作してしまうと、相対評価となんら変わらなくなります。自分の行っている評価に対して、常に『これでいいのか』という気持ちがないと、生徒を正しく評価することはできないと思いますよ」(早津先生)
 これこそ、絶対評価に取り組むうえで心しておかなければならないことだろう。

達成度をこうして評価する

 それでは、新井中の評価方法を、例に沿って具体的に紹介しよう。
 表1は国語の例であるが、評価する四つの観点項目と具体的な内容、おもな評価方法を示したものである。この内容は、学期ごとに変わるので、通知表「しるべ」とともに生徒・保護者にも通知される。
 評価には、表にあるように授業中の発言や定期テストの結果、ノートの内容や提出率等さまざまな方法を用いているが、先生方が実際に成績をつけるときに、どのような要素をどのように換算して評価するのかを示したのが、表2と表3である。例えば、意欲や関心を評価するには、国語では大きく二つ、数学では四つの要素からみて、その合計点で判断するのである。
 なお、国語の「理解」と「言語」を数値化するときは、「最高点に対する得点率」で評価する。いつも同じ難易度のテストをつくるのは難しいからで、ある程度相対的な要素を取り入れるのはやむを得ないことのようだ。
「達成度評価の基本は、加点主義。私たち教師は、生徒の悪いところを見つけては、減点法で評価しがちです。しかし、基本を忘れないようにしなくては…と思います」(早津先生)


※右端の欄は、達成度5段階評定として書かれている評定を付けるために、各観点項目をどのくらいで扱ったかを表している。


バレーボール方式かサッカー方式か

 以上のようにして、四つの観点に関して三段階評価を出し、五段階評定への総括は、それをもとに行う。ただし、同校では、国語や社会と、数学や理科では、異なった算定方式を採用している。
  まず、国語・社会方式では、それぞれの観点につけられたABCを、A=3点、B=2点、C=1点として、四観点の合計点を出す。ちなみに、最高点は、3×4観点=12点である。そのうえで、次のような評定をしている。
 12点以上…5、9点以上…4、7点以上…3、5点以上…2、5点未満…1。例えば国語の観点別評価がBBAAだとすると、合計点は10点になり、評定は、4ということになる。
  数学や理科の達成度の算定方法は、観点別評価のもとになったそれぞれの素点を合計して、最終的にその総合点で判断する。例えば、数学の観点別評価がBABAだとして、そのもとの40点、45点、80点、52点を合計する。217点となるが、数学の場合、何点以上が5というような明確な数値は示していない。各テストなどの難易度も考慮に入れて、教科の担当者全員でその都度協議して決めるのだそうだ。
 「二つの算出方式は、スポーツでいえば、 はバレーボールやテニスのようなセットポイント方式、 は、サッカーやラグビーのような総合点方式との違いですが、実施してみてわかったことは、総合点方式のほうがやや厳しい評価になり、セットポイント方式のほうがやや緩やかな評価になるということです。今後は、セットポイント方式のほうが主流になると思われます」 (早津先生)


新井中学校の通知表「しるべ」と自己評価記録「鑑(かがみ)」。「しるべ」の裏表紙では保護者向けに、「評価についての考え方」や「学習記録の見方」などがわかりやすく説明されている。保護者にはこのほかに、 どのような規準で評価を出したのかを説明したプリント、 観点ごとの配分、おもな評価方法(手段)を書いたプリントも渡されるため、この4つを一緒に見ることで、この学期、なぜわが子がこのような評価を受けたかがわかるような仕組みになっている

▼自己評価の記録の表紙

▼通知表の表紙

▼通知表の裏表紙

新井中学校の評価の情報については、ホームページでも公開されている
http://azalea.ac.city.myoko.niigata.jp/arai-c/


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