各自のテーマはジャンルを問わず途中変更も可 |
岡部中学校の「総合的学習」は「ふくいく」と名づけられている。ふくいく(馥郁)とは、豊かな香りを放つ様子の形容。同校の校歌の一節にある言葉である。
「ふくいく」のねらいは、同校で学力の基礎と考えている「課題設定力」「課題探究力」「自己表現力」の三つの力をつけること。
特徴は、完全な個人テーマで行う学習と、学年ごとの共通体験学習の二本立てで構成されていることである。なかでも、個人テーマによる課題探究に多くの時間を割いている。個人テーマにこだわったのは、「自ら学び自ら考える学習が成立するには、与えられたテーマでは難しい」(三輪勝弘教務主任)からだ。
学校を訪ねたのは六月中旬。個人テーマの追究が始まった時期だった。二、三年生はテーマの絞り込みが進み、図書館やパソコン室での資料検索作業、あるいはアンケートづくりを始めていた。一方、一年生は同じ週の前半に二年生による「ふくいく説明会」を聴いたばかりで、テーマづくりのためのウェビング(注)を始めるところだった。小学校時代にも総合的学習を経験しているとはいえ、自分だけのテーマで追究するのは初めてだ。「発表が苦手だから、少し心配…」と、スタート時点から発表段階を意識してやや緊張気味。
生徒はどんな課題を選んでいるのだろうか。二〇〇二年度の結果を村松剛一校長が分析し論文にまとめていた。それによると、よく取り上げているのは、(1)理科・社会に関連したテーマ、(2)健康問題、(3)食品に関するテーマ、(4)趣味・娯楽・芸能に関するテーマ、(5)美容、ファッションに関するテーマである。一方で、国語、英語、数学にかかわるテーマがほとんどないこと、地域的な問題への取り組みが少ないことなどを指摘されている。
「生徒を本気にさせるには、ジャンルを問わないことが大切です。人に勧められて選んでも、自分が本当にやりたいことでなければ、探究が深まらないのです」(村松校長)
ただし、村松校長は、「探究とテーマづくりは同じ」だから、途中でテーマが変わっても構わないと考えている。 |
▲2年生から1年生への「ふくいく」説明会。生徒同士の学びの場である。先輩が1年間どんな学びをしたかを話してくれるので、具体的な学習のメージがわいてくる。説明者は公募する
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中学生でもここまで課題探究ができる |
トキの研究から、ついには動物生態学者の講演会まで企画したある生徒の課題探究力は、「中学生でもここまでできるのか!」と先生たちを感嘆させ、生徒が卒業した今でも語り継がれている。
環境問題に興味を持っていたその生徒は、「佐渡トキ保護センターでトキの人工孵化に成功した」というニュースを聴き、トキが絶滅に至る歴史や原因を資料で調べることに。そうしたなかで、自分の住む町内の環境は大丈夫かと、ゴミの問題や虫や鳥などの自然の変化を追った。メダカを飼ってみたり、二酸化炭素を大量に吸収する植物であるケナフを栽培してみたりもした。その過程でアホウドリの保護活動で知られる静岡市出身の動物生態学者長谷川博さんの講演を聴いて感動、ぜひ友だちにも長谷川さんの活動を知ってほしいと、岡部中で長谷川さんの講演会を企画、苦労の末にやり遂げてしまった。
ただ調べるだけでなく、実際に目で確かめたり、「自分にできることは何か」と考えて行動する生徒の実践的な姿勢に、先生方も舌を巻いた。
その生徒に続くように、学びを広げ、深めていく生徒も出てきた。難民をテーマに三年間研究し、友だちに呼びかけて途上国に絵本を送る活動をしている生徒もいるし、どんどん専門分野に進んでいっている生徒もいる。 |
▲ほぼテーマが決まり、図書室での調べ学習に入った3年生。木のぬくもりのある図書室には保護者のボランティアが来て、検索の手伝いもしてくれる
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進まない生徒にはカウンセリング |
もちろん、そんな生徒ばかりではない。考え込んだまま進まない生徒、テーマが何度も変わって定まらない生徒もいる。そんな生徒には先生方が積極的にかかわり、「なぜ、そのテーマを考えたの?」と話し合いをしていく。生徒によっては「○○に行ってみたら?」とアドバイスもするし、「○日までにやっておくこと」ときつく言うこともある。あくまでも、生徒に応じた支援をしようと心がけている。先生の問いかけのなかから、自分では気づかなかった自分の興味や関心が見えてくることもある。
例えば、「香水」というテーマ一つとっても、先生のアドバイスによって、「リラクゼーション」に関心を持つ生徒や「香水の起源」に関心を持つ生徒に分かれていく。教師は、その関心をさらに広げていけるよう、生徒にアドバイスする。 |
▲学年の廊下に張られた「マイホームページ」。毎時間の活動内容や考えたことを記録しておく。自己評価にもなり、課題に行き詰まったときの振り返りの材料にもなる。先生にとっては生徒の学びをつかむ資料になり、それによって適切な援助も可能になる
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全員が発表 先生と友だちから評価をもらう |
「表現力」を鍛えるには、たくさんの人の前で、探究したこと・考えたことを発表するのが有効だ。「ふくいく」の発表会は、三年生が十一月、二年生が十二月、一年生が一月にそれぞれ一日かけて実施される。学年で実施月をずらしたのは、一、二年生には、先輩の発表から学んだことを生かして発表してほしいからだ。
パビリオン形式で二十会場が設けられ、一人十分の発表を全員が行う。テーマ設定の理由、探究してわかったことなどをビデオや実物などさまざまな手段で伝えるのである。
発表後に会場担当の先生が講評を与え、発表を聴いた生徒たちは、感想をメッセージカードに書く。これらが一年間の頑張りへの評価であり、生徒たちの宝物になる。
先に紹介した調査によると、約九一%の生徒が自分の発表に満足している。とりわけ、上級生になるほど満足度が高くなっている。これが生徒の自信につながっていく。
もちろん、発表会が最終地点ではないから、失敗してもいい。次学年で継続しても、あるいは卒業後に続けてもいいという構えで先生方は助言をしている。ただし、「三年生にはぜひ成功してほしい」(三輪先生)というのが親心のようである。懸命に探究する生徒たちの姿を見ていると、先生方も祈るような気持ちになってくるのだろう。 |
面接でも、自分の意見がはっきり言える |
「ふくいく」で成長するのは生徒だけではない。この時間は、校長先生、教務主任を除いた職員全員で指導に当たる。先生一人当たり平均二十二人の生徒を受け持ち、継続的にかかわっていくのだ。
「実は、職員にもアンケートをとったんですよ。すると、『一人ひとりが違っていいということがわかった』とか、『生徒を集団として見るのではなく、個として見るようになった』とか、『生徒を辛抱強く待てるようになった』など教師の側にも大きな学びがあったことがわかりました」と三輪先生。この変化は、確実に教科指導にも反映されていくはずである。
先生たちの教育観に変容をもたらしたのは、「ふくいく」で子どもたちが変わっていくという手応えにほかならないだろう。
「高校受験を目の前にした三年生全員に校長面接をするのですが、『私は将来、こうしたい』『高校に入ったら○○をしたい』ということを全員がはっきり言える。これは、ふくいくの成果だとみています。三年間の探究活動を通して、将来したいことが見え、自分の適性を感じてくるんですね」(村松校長) |