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「公立校」としてのアイデンティティに基づく中高一貫制の模索
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(3)法制上の特例措置を利用せず指導ノウハウを地域に還元する
 公立中高一貫校には「学習指導要領における特例」として、選択科目の授業時間数や学校設定科目の設置をある程度柔軟に行える権限が認められている(資料3)。だが、同校はあえてこの「特例」を使わない道を選んだ。
「中学校段階では、あくまでも基礎学力の育成を重点的に行います。基礎・基本を削ってまで、応用的な知識を教える授業を行うつもりはありません」(渡辺孝一先生)
 唯一応用的な内容を扱うのが、先に紹介した「人文」と「理数」だが、どちらも通常の学校選択科目の枠内に収まっている。
 「本校では、新たにスタートさせた様々な取り組みを、地域全体に広げていきたいと考えています。ですから、『総合学習』の内容でも、個々の授業の内容でも、『他校でも実施できる』というコンセプトで考えています。本校だけが突出しても、地域に教育効果を還元することにはなりません。地域のパイロット校として、指導ノウハウの還元には積極的に取り組みたいですね」(渡辺先生)
 制度上の特例措置をあえて利用しなかった代わりに、同校は教師個々人の指導力の向上に力を入れている。教科部会や校務分掌を中高合同で設置した他、職員室も共同使用している。さらに、全教科での授業の相互乗り入れを目指し、研究も進められている。英語の教科担任として中1生と高3生を教える渡辺先生は、その効果を実感している。
 「中学生の授業を担当するのは実に新鮮な体験でした。もちろん、教科ごとに00年度から近隣の中学校と協力して研修を積んできましたが、それでも日々発見の連続です。教科部会も頻繁に行い、指導の目線合わせやノウハウの交換を行っています」
 さらに、全校単位で指導の目線合わせを行うため、同校は全教科において中高6年間分のシラバスを作成した。
 「運用上の課題を踏まえ、改訂を重ねながら完成度を高めていきたいと思います。今は教師の指導用シラバスにとどまっていますが、将来的には生徒向けにもっと分かりやすくしたものを作成する予定です」(草場先生)
資料2


公立中高一貫校は公立高校の目指すべき理想像か?
 全人教育の実践にこだわった同校の取り組みは、中高一貫校という見た目の特殊性とは裏腹に、個々の取り組みレベルでは公立校として極めて普遍的な発想に基づいている。そうは言っても、高校段階で約80人の受け入れが予定されている外進生と内進生の融和や、選抜段階で行う抽選の実施の是非など課題は多い。だが、同校の教師の誰もが、口を揃えて「中高一貫制の導入は成功だった」と語る。
 「『6年間を掛けて、ゆとりを持った教育を行う』という本来の意味に照らすなら、6年という時間を入試対応に重点配分した学校の在り方は、むしろ特殊な事例のはずです。学力、人格共にバランスの取れた人材の育成を目指すことで、中高一貫制の本来あるべき姿を模索できればと思っています」(渡辺先生)
 03年度以降、佐賀県ではいくつかの進学校が中高一貫制の導入を控えている。パイロット校としてどれだけの成果を残し、他校へそのノウハウを還元できるのか―。致遠館中学校・高校の挑戦は始まったばかりだ。
 このように、致遠館中学校・高校は、「全人教育の実践」という普遍的な教育目標を実現するための手段として中高一貫制を捉えていた。なお、03年度の学習指導要領の改訂に際しては、一般の中学校・高校においても学校設定科目や選択科目の設定基準が緩和され、中高一貫校との法制上の差異がかなりの割合で縮小された。その意味で、中高一貫校のノウハウを応用できる素地は、着実に拡大しつつある。互いの差異を前提とし、共有できるノウハウは共有していく―。このスタンスを多様な形態の学校が実践していくことが、結果として地域の教育レベル全体を向上させることにつながるのではないだろうか。
資料4
 
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