ベネッセ教育総合研究所
ナレッジの継承 「書かせる指導」が生徒を変える
宮田晃宏

熊本県立菊池農業高校
宮田晃宏
Miyata Akihiro
教職歴12年目。同校に赴任して5年目。食品化学科主任。04年度は2年担任。

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現状を打開するヒントとノウハウ ナレッジの継承(4)
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「書かせる指導」が生徒を変える
文章を徹底的に書かせる――。
取り立てて言うほど目新しい指導ではないが、継続的で地道な指導は必ず成果が生まれるもの。最近の出来事は? 人生を逆算してみよう! 高校の閉塞状況を打開しようと必死に絞り出したアイディアの数々。荒れた学校に自主自立の風を吹き込んだ宮田晃宏先生の「書かせる指導」とは。


様々な問題を抱えた生徒を理解するために
 宮田晃宏先生の勤務する菊池農業高校は農業科、園芸科、畜産科学科、食品化学科、生活文化科の5学科からなる、豊かな自然に囲まれた学校である。
 しかし周囲の牧歌的な風景に似合わず、宮田先生が赴任した00年頃の同校は、問題を抱えた生徒が数多く入学してくる高校だった。対教師暴力・暴言、恐喝、窃盗、いじめ、校内での飲酒、喫煙、授業中における校舎内外の徘徊が日常的に行われ、約1割の生徒が私服同様の格好で登校していた。
 「本校には、中学時代に精神的にも学力的にも満足な成長を遂げられないまま入学してくる生徒が多く、家庭環境も様々です。だからこそ、より深く生徒を理解した上で、指導をしなければならないと思ったんです」
 そこで、宮田先生が積極的に取り入れたのが「書かせる指導」だった。生徒が書いた文章を読むことで様々な視点から生徒を知ることができるのではないか――。更に、文章として自分の考えをまとめる行為を繰り返すことで、今後社会で求められる思考力や判断力を養い、自主自立の精神を高めることができるという理由も大きかった。
 「生徒には、書くことの重要性を徹底して伝えます。社会に出てから役立つと言うだけではなく、大学入試や就職で求められる力が変化する中で『書くことで身に付く力』が、学力の低い生徒にとって大きな武器になることを強調します」
 LHRをはじめ講演会や工場見学などの進路学習、夏・冬・春の長期休暇、ゴールデンウィークのクラス独自の課題など機会があればともかく書かせる。時事に関すること、教科学習や総合学習の感想、クラスについて、家庭について…等々、書かせる内容も幅広い。また、内容のいかんにかかわらず、クラス全員が全行を埋めることを徹底的に指導している。中でも、最も効果が上がっているのが「最近の出来事」というプリントだ。これは、生徒自身が体験した出来事を「学校」や「友人関係」「恋愛関係」などの選択肢の中から書きたいテーマを三つ選ばせ、それぞれのテーマについて、各項目5行ずつ書かせるものだ。毎週末に全ての生徒に提出させ、宮田先生自身のコメントを添えて翌週の月曜日の朝に全員に返却する。コメントを書くだけでも5~6時間はかかる大作業だ。
 「内容的にも書きやすいですし、文字量も少ないので、書くことへの抵抗感をなくすには効果的ですね。また、文章を通して生徒の考えや悩みやクラスの状況も見えてきます。一つひとつの文章にコメントを書くことで、生徒は『いつも自分のことを見ていてくれる』という思いを抱き、教師の指導を素直に受け入れる素地ができるのです」


継続して書くことで生徒に未来志向が芽生える
 こうした地道な指導を1年間続けることで、生徒は変わっていくという。書くことに対する抵抗感はほとんどなくなり、次ページのようにびっしり書けるようになるのだ。これは「人生の逆算表」という進路指導ツールであり、2年生の始めに実施し、その後の面談でも活用される。「満足な人生」と「後悔の人生」の2パターンの書式があり、それぞれ晩年・初老・中年・青年・若年・現在の各時期について、イメージしたことを記入させる。「満足な人生と後悔の人生を比較して、後悔の人生にならないためにはどうすればいいのか、そのために自分が今していることは正しいのか、といったことへの気付きを促すのが狙いです」と宮田先生は述べる。
 このように「常に先を見る」という視点を意識付けることで、将来に対する進路意識も芽生えてきた。宮田先生が赴任してきた頃のクラスの希望進路は大学進学者ゼロ、専門学校3割に就職5割、残り2割は「どうでもいい」という状態だったが、04年度現在では、4年制大学を含む進学が1割、専門学校と就職で残り半々であるという。実際の進路実績も、宮田先生が赴任して初めて卒業生を出した02年度には、同校創立以来初めて食品化学科から国立大合格者1名が輩出。03年度も1名が合格、04年度は2名の生徒が受験予定で、大学受験に対する生徒の意識が定着しつつある。また、県立学校実習助手(競争倍率21倍)、自衛官合格3名、農協職員など就職実績も上がっている。
 生徒と本気で接し続けることで、生徒は確実に変わっていく。そんな確信を抱かせてくれる事例と言える。


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