ベネッセ教育総合研究所
ナレッジの継承 家庭学習の記録で自学自習力を養う
田中正樹

栃木県立黒磯高校
田中正樹
Tanaka Masaki
教職歴17年目。同校に赴任して2年目。進路指導部。数学担当。

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現状を打開するヒントとノウハウ ナレッジの継承(5)
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家庭学習の記録で自学自習力を養う
“強制こそ学習”との信念に基づき、生徒指導に情熱を傾ける田中正樹先生。自学自習力の涵養という普遍的な課題に対して、「家庭学習記録表」を武器に真っ向から勝負を挑み続ける。生徒が自ら計画を立て、継続して実行していく力を身に付けさせるためにはどうすればよいのか。強制を強制と思わなくなったとき、生徒は変わる!


「強制」こそが自学自習力を育む
 「最初はスキーも手取り足取り。勉強もそれと同じだと思うんです」
 自学自習の習慣を生徒に身に付けさせる。この普遍的な課題を解決するべく、2年生の理系クラス担任の田中正樹先生が活用しているのが「家庭学習記録表」だ。「手取り足取り」というとどこか甘やかしているような響きがあるが、田中先生の場合はむしろその逆。記録表作成における初期指導の神髄は「強制」にこそあると言える。
 家庭学習の記録を提出させる教師は少なくないが、田中先生の記録表は単に提出させて家庭学習の状況をチェックするだけにとどまらない。生徒には毎日必ず、食事や睡眠までを含めた翌日の予定を立てさせ、その1日が終わると実際の学習時間を記入させる。田中先生は1週間に1度、早朝や放課後の時間を活用して、計画が達成できているかどうか、クラス全員と面談を行い、1週間分の予定表をチェックするのだ。面談の際は実際に取り組んだ課題を持ってこさせ、やり切れていない生徒がいれば、次週までにすべて終わらせるよう厳しく指導する。特に土曜日は「負債返済の日」として、平日に終わらなかった課題を必ず終わらせられるよう計画を立て直させている。「そこは鬼になりますね」と田中先生はきっぱり言い切る。
 「家庭学習の記録は、往々にして何時間勉強したのかという結果論だけに捕らわれることが多いですよね。結果だけを見て、教師がただ『勉強しろ』と言っても生徒はなかなか動きません。ですから、まず強制的に予定を立てさせて、それを確実に実行できるように指導していくことが大切です。もちろん、最初は計画を立てても実際と大きな差があり、先を見通した実効性のある計画を立てることができませんから、どこがいけなかったのか具体的なアドバイスを与えて、次第に生徒自身で計画を着実に実行できるようにしていきます」
 更に記録表には、生徒がなぜ計画を達成できなかったのか、そのためにはどうすればよいのかを記入する欄も設けられている。「だらだらと遊んでしまった」「休日なので午前中は寝てしまった」といった反省を踏まえて、生徒は翌日あるいは金曜日には週末の予定を立て直していくのだ。

受験勉強を通して社会で必要な力を培う
 こうした指導を3か月ほど続けることで、クラスのほとんどの生徒が自分の力に応じた計画を立て、確実に実行できるようになる。またそれに伴って、自宅学習時間や1日に学習する教科の数も増加しており、04年の実績によると年度当初からクラス全体で一人当たり平均1.5時間伸びている。
 「自ら自宅学習ができるようになって、更に成績も上がってくると、生徒たちの中に『自分もやればできる』という思いが芽生え、強制だとは思わなくなるんですね。また、それまでは無理矢理やらされていると感じていた生徒も『これは自分にとって必要なものなんだ』と思えるようになる。それを実感させれば、生徒との信頼関係が強くなって、他の指導についても教師のアドバイスをすんなり受け入れられるようになるんです」
 また、記録表に基づいて生活を続けることで、生徒は時間の使い方そのものが上手になるため、生活が規則正しくなってくる。部活と勉強の両立も少しずつできるようになるので、生徒自身、学校生活全体を充実したものにできるのだ。
 生徒の自学自習力の涵養に効果を上げている田中先生の「家庭学習記録表」。生徒にとっては大学受験を目指して、学力を向上させるためのプロセスだが、これは同時に、将来社会で必要になる力を身に付けるためのものでもある。この取り組みの究極の狙いも、実はそこにあるのだと田中先生は強調する。
 「実現可能な計画を立てる計画策定能力、それを実行に移す実行力、失敗を基に計画を立て直す調整力、倦(う)むことなく続ける継続力。これらはいずれも社会に出て必要になる力ばかりです。大学受験は大切ですが、受験勉強を通して将来につながる力を身に付けてくれたらいいと思っています」
 人は自分が思っている以上に変わることができる、と田中先生は言う。自分の夢や希望に向かって努力していると気付いた時、辛さは消え、それを強制と感じることもなくなるのである。


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