私が15歳のときに戦争が終わりました。これからどうなっていくのか、焼け野原の中でだれにも見通しが立たないという状況でした。そうした中で、私が自分を見失うことなく、進むべき道を見定めることができたのは、自分の中によりどころとなるベースを培っていたからではないかと思います。
小学1年生のころ、神戸市内にあった剣道の道場に通い始めました。小さいころから本ばかり読んでいた私を両親が心配して、体を鍛えさせようと考えたのです。この道場の指導が変わっていました。練習開始の1時間前に道場に入り、まず習字をする。うまく書けるようになるまで、一つの字を何週間もかけて練習するのです。1時間ほどで習字が終わると、今度は道場の端に座らされます。そして、ほかの子どもたちが木刀を構える姿をひたすら眺め、「型」を覚えるのです。
道場で学んだことは、私のルーツになっていると思います。人文科学は「文字のかたち」「人のかたち」を学ぶ学問です。世の中に美しい「文字」や「人」のかたちがある、それには手本となる「型」があるということを、幼少期に心に刻みつけられたのは貴重な体験でした。
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