未来をつくる大学の研究室 演劇学
竹本幹夫

竹本幹夫 教授

たけもと・みきお
早稲田大大学院文学研究科単位取得満期退学。文学博士。実践女子大文学部助教授、早稲田大文学部教授等を経て、現在、早稲田大文学学術院教授、早稲田大坪内博士記念演劇博物館館長。グローバルCOEプログラム拠点リーダー。1999年に観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞。著書に『対訳で楽しむ鞍馬天狗』(檜書店)等の対訳シリーズ等がある。

VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
  PAGE 1/5  次ページ

未来をつくる大学の研究室 16
最先端の研究を大学の先生が誌上講義!

早稲田大大学院文学研究科演劇映像学コース・日本語日本文学コース
演劇学

演劇は、人間の内面や人間と社会現象の関係を表す重要な表現方法だ。
日本古来の演劇の一つである能を、学問の対象として捉えることの意味は何か。
能の歴史的変遷を研究し、昔の能の再現を試みている早稲田大の竹本幹夫教授に話をうかがった。

演劇学って?

演劇を入口に、社会や人間の表現行為を探究

日本演劇(能、狂言、文楽、歌舞伎、近現代演劇)、東洋演劇、西洋演劇、舞踏、映画などを対象としており、それぞれのジャンルの成り立ちや特性、理論を研究する。東洋演劇と西洋演劇との比較や、演劇が映画に及ぼした影響など、分野横断的な研究も重要となる。戯曲研究については文学、演劇の歴史については歴史学、社会の中で演劇がどのように発展してきたかについては社会学というように、他学問との関連も深い。演劇を入口にして、「社会とは何か」「人間の表現行為とは何か」を探究するのが演劇学だ。

教授が語る

秀吉時代の能を復元
当時の能の美や感動を時代を超えて蘇らせる

竹本幹夫 教授

学問との出合い
能の美しさに感動し能楽研究の道に

 私は演劇学の中でも、日本の古典芸能の一つである能を専門に研究しています。
 私が初めて能と出合ったのは高校2年生、古典芸能好きの伯父に誘われて観劇したときでした。「結構面白いものだなあ」と感じた私は、それから能楽堂通いをするようになりました。ただ当時は、のめり込むというほどではありませんでした。
 能とのかかわりを決定的なものにしたのは、大学1年生のときに見た観世寿夫(かんぜひさお)(※1)の舞台です。彫刻のような美しい姿勢を保ちながら舞う姿に、私はすっかり魅了されました。しかもその美しさは、1曲を終える瞬間までずっと保たれていたのです。「芸術とはこういうものか」と、心の底から感動したことを今でもよく覚えています。
 能は、テンポは緩やかですが、演技に無駄は全くありません。ワキ(※2)が演技を終えると、すぐにシテ(※2)が動き始めるというように、つなぎの部分が洗練されています。また、上達した能役者であればあるほど、身体と表現が一体化しています。子どもを失った母が悲しみにくれている場面であれば、嘆いている雰囲気が体全体から醸し出される。だから、観客も強い緊張感を持って意識を舞台に集中できるのです。
 私は演劇や舞踏には二つのタイプがあると考えています。一つはミュージカルのように人の心を解放させる作用があるもの。ミュージカルは見終わったあとに、感情が外へと解放されますよね。日本の古典芸能でいえば、歌舞伎も「解放の演劇」だと思います。
 もう一つは、人の心をぐっと内面へと集中させる作用があるもの。まさに能がこれにあたります。観客はピンと張りつめた緊張感を持って舞台を見つめます。クラシックバレエなども、集中させる作用を持った表現といえるでしょう。
 心を解放させる表現と、集中させる表現のどちらを好むかは、人それぞれです。私の場合は後者に強く惹かれ、能楽研究を志すことになったのです。

写真
用語解説
※1 観世寿夫 1925年生~78年没。能役者として能舞台で活躍するほか、現代演劇の舞台にも積極的に出演。世阿弥の伝書研究でも知られる。
※2 ワキ/シテ シテは、能における主人公のことをいい、能面を付けて演じられる。亡霊や鬼、神など、人間ではない、超自然的な存在を演じる場合が多い。一方、ワキはシテと出会い、シテがこの世に残した思いなどを語るときに、聞き手の役割を担う。ワキの役柄は、旅人や僧侶など生身の人間である場合が多い。シテ方(シテを専門に演じる能役者)とワキ方(ワキを専門に演じる能役者)は、役割が明確に分かれており、シテ方がワキを演じることはなく、その逆もない。

  PAGE 1/5  次ページ