新採で、開校2年目の奈良県立高取高校(現・高取国際高校)に着任しました。当時、同校は2年生から類型が分かれ、文型、理型のほかに国際型2クラスを設けていました。国際という文字を冠した類型・コースは全国でもまだ珍しく、そのうちの1クラスを私が、そしてもう一つのクラスを私より八つ年上の賀来(かく)哲三先生が受け持つことになったのです。
教職1年目で国際型クラスを任されたのですから、今考えると大変なことですが、私は事の重大さをよく理解していなかったように思います。だから、特に気負いもありませんでした。
とはいえ、右も左も分からない新米教師です。職員室で席が隣の賀来先生は身近な、そしてユニークなお手本でした。
例えば、先生は時々、ふと家庭訪問に出かけました。それもわざわざ雨の日に、バイクに乗って。理由を尋ねると「雨に濡れてまで『どや、勉強しとるか?』と聞きに行けば、生徒も保護者も恐縮して指導がしやすくなる」と笑うんです。また、来校した他校の先生に、「国際型の生徒は学校では英語しか話さない」と言い、事前に打ち合わせした生徒たちに「Would you like some tea?」とお茶を出させ、廊下で「Hello!」とあいさつさせる。相手が驚く様子を見て生徒と大喜びするんです。多忙の中でも笑い声が絶えなかった職員室の明るさは、賀来先生の人柄によるものでした。
賀来先生は経験のない私にも、「これどう思う?」と気軽に意見を求めてきました。私は、先生の期待に応えたいと思いました。だから、隣の席で「国際型の生徒に合った学習記録表があったらええなあ」と先生がつぶやくのを耳にすると、翌日には試作版をつくり「これ、どうでしょう?」と見てもらいました。私の拙(つたな)い案を先生は「面白そうやんけ」と喜んでくれました。賀来先生がつぶやくアイデアを形にすることを繰り返して、私は鍛えられました。