ベネッセ教育総合研究所 ベネッセホールディングス
特集●地域で進む教育改革(2)

梶田叡一先生
梶田叡一先生
ノートルダム女子大学学長
   2/4 前へ次へ


中教審の委員であり、教育評価研究の第一人者として知られる梶田叡一先生に、教育改革の動向と、それを踏まえた現場教師の心得を語っていただきました。
ゆとり教育から「確かな学力と豊かな心」へ
 「ゆとり教育」か「基礎・基本の徹底」かと大きく揺れたわが国の文教政策も、今年に入ってようやく落ち着き、「見える学力も見えない学力もどちらも大事、バランスをもう一度回復しよう」という当たり前の方向に動き出しています。新しいスローガンは、「確かな学力と豊かな心」。一見インパクトのないスローガンですが、教育というものは、本来、だれが見ても納得できるものでなくてはならないと思います。
 急激な方向転換で、現場の先生方の不安は大きいだろうと想像します。しかし、学習指導要領が「最低基準」になって縛りが緩やかになり、いろいろなことが学校裁量でできるようになっています。今後も、「わが町の教育」「わが校の教育」のなかで、子どもたちの学力保障・成長保障を実現する方向となるでしょう。教育改革は世界の趨勢です。先生方はそういうなかで教育をしていくんだと覚悟を決めなくてはなりません。
父性原理と母性原理を使い分ける
 この教育の大転換をどう受けとめ、どのように実践に生かしていけばいいでしょうか。
 子どもが育つには、父性原理、母性原理、どちらも欠かせません。「ゆとり教育」のなかでは、残念ながら、母性原理だけですべてがうまくいくかのような議論がありました。これからの教育には、包み込むような母性原理と、ダメなものはダメだとハッキリ言える父性原理の両方を組み込んでいくことが課題でしょう。
 父性原理、母性原理、両方が備わった学校の雰囲気をつくりたいということです。小学校低学年では母性原理を中心にし、高学年、中学生になるにつれて父性原理の割合が増えていくというように、発達段階に応じて使い分けた指導の仕方を確立しなければならないだろうと思います。
学習意欲を育む四つの動機づけ
 次に大切なことは、子どもの成長発達の具体的な姿をはっきりさせることです。そしてそれを実現させるための具体的な指導計画、授業展開の工夫をしなければなりません。
 学習意欲を育むための内発的動機づけは、4つの点から考えられると思います。
1) まず、「面白いから」やってみようという動機づけ。つまり、活動や教科を楽しいものにしていくことです。
2) しかし学年が進むと、すべての活動・教材を楽しく面白いものにするのは無理です。新出漢字が出てきたら、たとえ面白くなくても覚えなくてはならない。そこで、「大事だから」という動機づけで、「ちゃんと練習してこようね」と意欲を持たせます。
3) 次の動機づけは「やりがいがあるから」。学習活動の途中に達成感があり、それに伴う効力感があると、「やればできる」という有能感に結びつけられます。
4) 高学年から中学生になると、この3つの動機づけでカバーできる学習は少なくなっていきます。そこで、4番目の動機づけ、「しなくてはならないことは、逃げずに受けて立つぞ」という気持ち=対処性を小学校高学年から少しずつ取り入れることが必要です。
「我々の世界」を生きる力と「我の世界」を生きる力
 次に、「教育とは何か」の本質論をしなければなりません。
 教育を通して育てねばならないのは、私の言葉でいうと、「我々の世界」を生きる力と「我の世界」を生きる力です。「我々の世界」を生きる力とは、家族のなかで役割を果たし、社会の組織で仕事をし、一市民として生きていく。そのために必要な力のことです。
 しかし、大人になってもずっと大事なのは、自分自身のあり方がわかり、与えられた命をまっとうすることです。それが「我の世界」を生きる力です。2つの力は並列ではなく、「我の世界」を生きる力のほうが根幹なのです。自分を肩書き抜きでは語れなかったり、定年になったとたん空虚になるのは、「我の世界」がない人です。「我の世界」を生きる力を育てられるかどうかも、教育にかかっています。
 転変の激しい時代です。だからこそ、教育に携わる者は、行政の動きやマスコミの論調に惑わされない骨太のビジョンを持つ必要があります。
目標 ─ 指導 ─ 評価がうまく動くために
 今指摘した3点を、目標・指導・評価の切り口から考えてほしいと思います。
 このサイクルがうまく動いていくためには、目標については、少なくとも評価規準に示された4観点に目配りをしなければなりません。指導については、教師主導で教えるところ、子どもに任せるところの区別を明確にしなくてはなりません。
 評価については、必要不可欠なものに絞り込みましょう。評価規準は授業の質を高めるためにあるので、いくら細かい規準をつくっても、それを授業に生かせなければ意味がありません。
 一つの目安が、国立教育政策研究所の評価規準事項より少なくすること。評価の回数も、せいぜい10時間から15時間に1、2回で十分です。なぜ10時間なのか。それは、指導と評価を1時間単位ではなく、一単元1ユニットで考えると、それくらいの頻度になるということです。
 評価資料にしても、子どもの次の学びに使えるものだけを集めれば十分なのです。
 ただし、教師にとっていちばんの優先順位は、「明るく元気」ということです。家を出るとき、職員室から教室に向かうとき、ちゃんと鏡を見て、「この顔を見て、子どもの心が明るくなるか」と自問自答してください。「あの先生の顔を見れば、一日が楽しくなる」そう思われる教師であってほしいです。(談)
 
このページの先頭へもどる
   2/4 前へ次へ
 
本誌掲載の記事、写真の無断複写、複製、および転載を禁じます。
© Benesse Holdings, Inc. 2014 All rights reserved.