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汐見稔幸(東京大大学院教育学研究科教授)
しおみ・としゆき●1947年生まれ。東京大大学院教育学研究科教授。専門は、教育学、教育人間学。現在は、同大学教育学部附属中等学校校長も兼務している。近著は、『学力を問う』(共著、草土文化)『「教育」からの脱皮』(ひとなる書房)ほか。 |
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保護者の教育力を生かす学校づくり |
学校の教育力と並んで子どもの学力形成に大きな影響を与える家庭の教育力。ベネッセ未来教育センターの「第3回学習基本調査」などからも、保護者のかかわりや働きかけが、子どもの学力形成と大きく関連していることが明らかになっている。学校と保護者が手を携えていくことが、相互の教育力向上につながるはずだが、昨今、少子化や保護者の高学歴化、マスコミのネガティブ報道などの影響で、教師や学校に対する保護者の信頼が揺らいでいる。本特集では、どうすれば保護者の学校・教師不信を信頼に変え、支持・協力を得て、学校づくりができるのかを考えてみたい。 |
巻頭インタビュー |
学校は「ファミリーリテラシー」向上を支援する場に |
学校と保護者の信頼関係が揺らいでいると言われるいま、その背景には何があるのか、どんな手立てを講ずれば保護者と連携し、信頼関係を築いていけるのか。これまで学校現場の先生方や保護者と深くかかわってこられた汐見先生に提言をいただく。 |
保護者の信頼が揺らぐのは 学校が社会の変化に対応できていないから |
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――学校に対する保護者の信頼が揺らいでいる背景には、どのようなことがあるのでしょう。
いちばん大きいのは社会の変化だと思います。戦後、学校が保護者から最も信頼されていたのは1950年代です。戦後の貧しい社会のなかで学校は、「民主主義を学ぶ場」「日本が豊かになる方法を学ぶ場」という暗黙の合意のようなものがありました。
しかし、現在は、よりよい生活への道筋を示す力が学校から急速に奪われつつあります。その背景としては主に二つのことが考えられます。
一つは時代の先が読めないということです。日本が右肩上がりで豊かになっていった時代と違い、いまは「こうすればみんなが幸せになれる」といった答えを社会そのものが持っていません。学校で勉強したことが生きていくうえで役に立つという確信を持ちにくくなっているのです。だから保護者の教育の中身への期待が薄くなり、学校に対しては学歴だけを期待するようになってきているのです。
もう一つは、学校以外に学びの場が広がったことです。テレビやインターネットを使えば、瞬時にたくさんの情報を得られます。また、保護者が高学歴化していることもあって、「学校に行かないと社会のことがわからない」という感覚が減ってきました。
保護者の信頼を取り戻すには、これからの学校が、「社会で生きていくために役に立つ」と保護者にも感じられるような、新しい発見や人間関係を提案してくれる場に変わる必要があるのです。しかし学校は元来、保守的な場です。教える内容を吟味して、価値があると認められたことを伝えていく――それが学校のよいところですが、急速な社会の変化には取り残されてしまいがちです。例えば計算一つとってみても電卓で簡単にできますから、コツコツ筆算をしている大人の姿を見る機会などほとんどありません。学校で計算の練習をする意味がわかりづらくなっているのです。だからといって、もちろん、「教えなくていい」とはなりません。
いまのように、社会の変化が速くなるほど学校は取り残され、保護者や子どもの感覚とずれる傾向にあるのです。 |
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