▲高野 進
たかの・すすむ 財団法人日本陸上競技連盟理事・強化委員長。東海大学体育学部准教授。日本スプリント学会会長。1961年、静岡県生まれ。84年のロサンゼルス・オリンピック、88年のソウル・オリンピックの400メートルで共にベスト16。92年のバルセロナ・オリンピック400メートルでは、日本の短距離選手として60年ぶりに決勝に進出、8位入賞を果たす。400メートル44秒78の日本記録は今も破られていない(2008年2月末現在)。
*本文中のプロフィールは取材時(08年3月)のものです
陸上競技の400メートル走で3回オリンピックに出場するなど、日本を代表するスプリンターだった高野進さん。 現在、母校の東海大学で後進を指導する高野さんは 「何かを究めようとするなら、選択肢は一つしかないと思う。 そこに最高の情熱とアイディアを向けることが重要です」と熱く語る。
東海大学湘南キャンパスの陸上部グラウンド。メニューに沿って練習に取り組む選手を目で追いながら、ときおり、高野さんが「彼はどういうイメージで走っているのかな?」などとつぶやく。世界を舞台に活躍するOBで教え子の末續慎吾選手の姿も見える。 高野さんの肩書きは、体育学部競技スポーツ学科の准教授である。大学でスポーツ科学論などを教えるかたわら、毎日午後、陸上部のコーチとしてグラウンドに立つ。指導するのは10人ほどの女子学生を含む約50人の短距離選手だ。中には学生でトップクラスの有望選手もいる。 「大事なのは走りを創造することです」と高野さんはいう。そのために選手に求めるのが〈観察する目〉である。 「ウォーミングアップやレースで周囲にいる選手の動きを見ながらヒントをもらう。また、指導者の態度や言葉の端々から、何を要求しているのかを察知する。それを自分なりに取り込んで一つの形にしていくのです」 高野さんは「スプリンターはアーティストです」という。100メートルや200メートル、400メートルといった距離をスタートからゴール地点までいかに速く着くか。選手は、そのために走るときの腕の振り方など何通りものイメージを持っている。このイメージは「降りてくる」というのだ。そのイメージを具現化し、自分自身の最高のパフォーマンスを見せるため、試行錯誤を繰り返す。 バイオメカニクスなど科学的な視点で選手を指導することもある。ただ、科学的な裏付けが大事とはいえ、スポーツの世界では科学は走りの一つの要素でしかない。最終的に問われるのは、選手が「観察」して得たイメージを、創意工夫と想像力で自分の走りに結びつけていく能力だ。それはスプリンターのセンスでもあるが、そうしたランナーの内面の葛藤を「アーティスト」と高野さんは自身の言葉で表現する。 一見、リラックスした雰囲気の練習風景だが、選手にとっては「観察」し、指導者のメッセージを敏感に受け止めて〈新しいもの〉を生み出す場なのだ。
◎陸上での短距離競走を意味し、100メートル、200メートル、400メートルの3種目にハードル(100メートル、110メートル、400メートル)とリレー(4×100メートル、4×400メートル)を含めた競技。一般的には、上体、下肢共に優れた筋力を持ち、先天的に優れた反射神経が要求される。最近はバイオメカニクスによってスプリンターに必要な「筋」や「動き」が解明され、日本人選手もトレーニングによっては、世界のトップランナーと十分に戦えるようになってきた。