自分を取り巻く多様性に気づき、
対話を通して価値を創造できる力を育む

2021年12月15日、「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」(事務局:ベネッセ教育総合研究所)の主催により、「学びにおける多様性」をテーマにしたトークライブがオンラインで開催された。「そもそも多様性とは何か」という議論に始まり、「多様性を生かしていかに創造性を高めるか」といった意見が交わされた。

■登壇者
立命館アジア太平洋大学 東京事務所 所長  伊藤 健志
静岡雙葉中学校・高校 教諭 木村 剛
上野学園中学校・高校 研究開発部長 藤井 亮太朗
学校法人関西学園 早川 治

■モデレーター
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 小村 俊平

左上/伊藤先生 中央/木村先生 右上/藤井先生
左下/早川先生 右下/小村

多様性から学ぶためには、結論を求めない対話が大切

ベネッセ教育総合研究所では、全国の有志の教員によるオンライン対話「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」を毎週実施している。その中でも重要なテーマを改めて取り上げ、プロジェクトメンバーが議論を深めるトークライブを毎月開催している。12月に行われた第6回は、「学びにおける多様性を考える」と題し、意見を交わし合った。

最初に、モデレーターのベネッセ教育総合研究所の小村俊平主席研究員が、「生徒にとって、多様性はどのような意味を持つのか。多様性をプラスに働かせるためには、何がポイントになるのか。そうした観点で対話を進めましょう」と登壇者に語りかけた。

続いて話題提供として、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)東京事務所の伊藤健志所長が、同大学の多様性に富む教育環境について説明した。APUは、開学時から「外国人学生50%」「50か国の学生」「外国人教師50%」の「3つの50」をポリシーに掲げており、現在は95の国・地域からの留学生約2500人が在籍する。伊藤所長は、「多様性から学ぶために大事なことは、ディスカッション(議論)ではなく、結論を求めないダイアローグ(対話)だと考えます。学生は、それぞれの国の文化や習慣の違いに直面しながらも、対話を繰り返しています。そうした体験を通じて、学生は自分がいかに何も知らなかったかに気づいていきます」と語った。

APUの教育方針に深い共感を示した上野学園中学校・高校の藤井亮太朗先生は、「APUは、人はそれぞれバックボーンや価値観が異なることを認識し、他者を尊重できる学生が集うコミュニティだと感じました。そこにはグローバルの一言では表せない、深い多様性があるのでしょう」と感想を述べた。

元々世の中は多様であり、すぐ近くに多様性は存在する

そうした話から、「多様性とは何か」「多様性を考える際、日本の教育の課題は何か」といった議論に展開した。小村主席研究員は、「単に性別や年齢、国籍が異なるだけでは、多様性のある集団とはいえないでしょう。価値観や考え方の枠組み、専門性などの多様さが重要と考えます」という視点を示した。

学校法人関西学園の早川治先生は、「これからの社会には、多様性の担保が欠かせません。ところが、日本では、これまで多様性をそぐ教育を提供してきたように感じます。近年は多様性を認める方向に動いているものの、課題に感じます」と指摘した。

静岡雙葉中学校・高校の木村剛先生も、「確かに、従来は正解主義にとらわれ、授業中に生徒が自分の思いを自由に表現しづらかった面があると思います」と問題意識を示した。

日本の教育における多様性について語り合う中で、「多様性の捉え方に課題があるのではないか」と、小村主席研究員が指摘した。「『これからは多様性が大切だ』というと、どこかに正しい多様性があるような印象を受けます。しかし元々、世の中は多様であり、すぐ近くに多様性が存在すると気づき、尊重することが重要ではないでしょうか」と、視点を示した。そして、多様性を尊重する先に見られる姿として、小村主席研究員が参加してきたOECD Education2030プロジェクトの国際会議での議論を振り返った。「世界各国から集まり、人類普遍の価値はあるかという議論を重ねました。そして『ウェルビーイング』を始め、あらゆる国にとって重要な共通の価値観を見いだしました」と語った。

小村主席研究員の話を受けて、早川先生は、「例えばSDGsは、人にアプローチし社会に貢献することから、多様性を意識して探究学習を進める際には非常に有効なテーマと感じます」と述べた。

また、藤井先生は、「SDGsをただ知識として学ぶのではなく、これだけ多様性にあふれる世界の中でどう合意形成し、目標に向かっていくのかを考える機会にしたいと感じました」と述べた。

各教科が持つ価値に気づくことが、多様な社会で生きる力につながる

次に、多様性を生かして、いかに創造性を高めるかという論点で意見を交わした。

まず、伊藤所長が、大学入学時の学生の姿を説明。英語がままならない日本人学生と、日本語を話せない外国人学生を半々の割合でクラスを組み、課題に取り組ませて、あえて失敗する経験をさせる。すると、外国人学生は「意外とできた」と言うのに対し、日本人学生の多くは「全くだめだ」と言う。そうした体験を繰り返すうちに、日本人学生は次第に「わかりやすい一つの解が出ない、モヤモヤした状態」に慣れていき、そうした姿勢が多様性に富む環境の中で学ぶために重要なのだと気づくという。

加えて伊藤所長は、多国籍の学生間の議論では数学(サイエンス)こそが共通言語であることを示し、「高校で学ぶ知識は、大学で学ぶための即戦力となります」と指摘。そこから高校時代の学習に関する話に移り、木村先生は、「私は理科教師として、全員が理科の全科目を学んでほしいのですが、大学入試を考えると、なかなか難しい状況です。数学を十分に学習しない生徒もいます。そうした価値観をどう乗り越えるかは大きな問題です」と語った。

それを受けて、藤井先生は、「高校での学びの密度を考える時、日本の学校と海外の学校では、どのような違いがあるのでしょうか」と、伊藤所長に質問した。

すると、伊藤所長は、日本の大学入試では科目が限定されている状況を問題として指摘し、「海外の大学入試では、文系と理系のそれぞれ3科目程度を入試科目とするのが一般的です。高校での学習内容は当然それに沿った内容となります」と答えた。

一方、小村主席研究員は、日本はPISAを始めとする国際学力調査で世界でも上位の成績を収めているにもかかわらず、「テスト以外の場面で、その力を発揮しづらいのではないか」という問題意識を示した。

それに対して伊藤所長は、「外国人学生は、教科学習を『生きるために必要なスキル』と捉えて学んでいると感じます」といった考えを述べた。

教科学習と多様性との関係については、視聴者からもチャットで意見が寄せられた。ある教員は、「各教科にはそれぞれ異なる価値があります。一人ひとりの生徒にとってすべての教科が価値あるものになるとは限りませんが、世の中には多様な価値があると伝え続けることが大事ではないでしょうか」と投稿した。

小村主席研究員は、その意見に共感を示して、「普遍的な価値を追求していくことは大切ですが、状況や立場によって価値のありようが変わることも事実です。私にとっての価値は、他者には価値がないかもしれないという認識は、実は多様性はすぐそばにあるという事実に気づくためには重要だと考えます」と述べた。

多様性を担保するためには、心理的安全性の確保が不可欠

終盤は、多様性を担保するために、いかに心理的安全性を確保するかという論点で語り合った。

藤井先生は、「すべての生徒に、失敗を恐れず挑戦する場を設けることが大事でしょう。積極的に挙手をしたり、声が大きかったりする生徒に発言が偏らないよう、口頭発表に加えて、文章や絵、音楽、チャットなど、表現方法を多様にすることを心がけています」と述べた。

木村先生も授業での心がけについて、「基本的に課題は、生徒同士で説明し合うようにしています。『この問題が分からない』といったやり取りがむしろ学びを深めると思うのです。だからこそ、『分からない』と安心して言える雰囲気づくりが大切と考えます」と語った。

伊藤所長は、「対話による合意形成は、基本的にできないという考えから出発することが大事ではないでしょうか。最終的に納得できなくても、それでよしと決断できることが、多様性を許容するために欠かせないと考えます」と意見を述べた。

心理的安全性に関する議論の中で、視聴者の高校生からチャットで、「授業中に発言や質問をして、先生がイライラする様子を見せたことがありました。授業の流れと関係のない話ができる時、個性や多様性を尊重されていると感じます」というコメントが寄せられた。

それに対して小村主席研究員は、「先生には、生徒にどのような発言をしてほしいかといった期待があり、そこから外れた時にそうした態度を見せることがあるのでしょう。そのような授業では生徒は身構えてしまい、自由な発想は出てきません。いかに創造的な雑談のようなやり取りを授業に取り入れるかが大事だと思います」と述べた。

最後に議論を振り返り、登壇者が一言ずつコメントした。

早川先生は、「多様性を担保するためには、すべての教科を勉強し直してみるのがよいのかもしれないと改めて感じました」と、教科の多様性に関する気づきを語った。

木村先生は、「多様性を受容するためには、個を確立して自分なりの価値観を明確にする必要があると感じました。授業においては、身近にある多様性について、あえて対立的な構図を生み出して意識させることも大事だと再認識しました」と、多様性を受け入れるための指導について言及した。

藤井先生は、「特別な経験をすると、その人の価値が高まって他者を引きつけ、またそこから多様な出会いにつながっていきますよね。インターネットの普及によって人々の経験や感覚が均一になりやすい中、経験をいかに特別なものにするかを考える必要がありそうです」と、社会状況に照らして多様性について語った。

伊藤所長は、新入生代表で挨拶をしたジンバブエの学生が、故国の厳しい現実と自身の決意を述べて皆の心を動かしたエピソードを紹介した上で、「時には多様性の中で目を背けたくなることがありますが、それでも多様な人に会って心を動かされることが大事だと思います」と述べた。

小村主席研究員は、「これからの社会に求められるリーダー像は、自分のビジョンへの賛同者を集めるのではなく、いろいろな人の意見をまとめてビジョンつくり上げる力を持つ人ではないでしょうか。そのように多様性を生かして創造できるリーダーシップを学校や社会で育むことも重要になっていくでしょう」と述べ、トークライブを締めくくった。

■視聴者からの意見・感想

◎「多様性を身につける」のではなく、「多様な中での生き方を身につける」というのがしっくりきました。

◎「あなたの意見は面白いね。でもね……」や「あなたの考えはいいね。しかし、これもね……」と言って、多様性や個性を認めているようで、自分の考え方を押しつけようとする教員を時々見ます。

◎「人間にとって宗教とは何か」というテーマで議論した後、アンケートを取ったところ、「議論して宗教の知識が深まったが、共感はできなかった」という意見が寄せられていました。それでよいと思いました。

◎授業で議論する際、「私の意見はあくまでも1つの意見であり、納得しなくてもよい」と伝えています。

◎心理的安全性が「ある」と「ない」では、自己表現における主体性が変わるのではないかと思いました。

生徒の気づきと学びを最大化するPJ

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