米社会の黒人差別などを巡り、リベラル派と保守派の価値観がせめぎ合う「文化戦争」が、2024年11月の大統領選の底流で激化している。過去にさかのぼって歴史を見直す動きと、それに対する感情的な反発は教育現場にも波及し、自由や平等といった米国の「ナショナル・アイデンティティー」を揺さぶっている。

◇グラウンド・ゼロ

案内された突堤の先には穏やかな海が広がっていた。

米南部サウスカロライナ州チャールストンのガズデン埠頭(ふとう)。背後には6月にオープンした国際アフリカ系米国人博物館(IAAM)がある。広報担当の黒人女性は、埠頭の地表に刻まれた線を指して「奴隷として運ばれた約10万人のアフリカ人はここから上陸しました。『グラウンドゼロ(出発点)』です」と説明した。

港湾都市チャールストンは18~19世紀、国際奴隷貿易の玄関口だった。黒人に関する博物館では全米で2番目に大きいIAAMは、大西洋を渡った奴隷船の実態やプランテーションでの過酷な暮らしを展示。子孫の黒人らが家系記録をたどれるセンターも設けられている。

ターニャ・マシューズ館長(49)は、取材に対し「博物館の建設計画に反発はあったが、自分たちの真実の物語を語りたいと説得しました。この場所は『あなたが誰であるか』を黒人のみならず、白人にも伝えるものです」と語る。

19年にはニューヨーク・タイムズ紙が米国の建国は1776年ではなく、アフリカの黒人奴隷が連れて来られた「1619年」だとするプロジェクトを開始。独立宣言や憲法を絶対視しない姿勢に衝撃が走った。

◇批判的人種理論

「学校で反白人感情を育てている」―。南部バージニア州ラウドン郡にある町の小さな図書館で10月16日夜、郡の教育委員に立候補している保守系の親らによる小集会が開かれた。

地元共和党の推薦を受けたエイミー・リカルディさん(52)は「人種の話をするのではなく、人種間の格差を埋める努力をしたい。親は学校にもっと関わるべきだ」と主張した。特に問題視するのは、米社会から人種差別が消えない原因は白人優位の社会制度にあるなどとする「批判的人種理論(CRT)」だ。

20年5月に警察官が黒人男性を窒息死させた事件をきっかけに、全米で反差別運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切)」が拡大。一方、保守層の間では「学校でCRTが教えられている」とする批判が強まった。

◇「機会のある国」

大統領選の共和党候補指名争いで、トランプ前大統領(77)のライバルとされるフロリダ州のデサンティス知事(45)は、教育現場などでCRTを取り入れることを禁じた。米国の伝統的な文化や規範を訴えることで、保守層からの支持拡大を狙う。

富裕層が多いラウドン郡はこの20年間に移民が流入し、白人の比率は約80%から約64%まで縮小した。白人女性のリカルディさんは、教育委員に手を挙げた理由を「白人は抑圧者ではない。米国は人種に関係なく誰にでも機会がある国だと伝えたいから」と話した。

「私たちが何者なのかを忘れてはならない。私たちは『合衆国』なのだ」

バイデン大統領(80)が演説で団結を訴えるフレーズだ。24年大統領選では、その米国の在り方を巡り、両極の差がさらに広がる可能性がある。