ベネッセ教育総合研究所 進研ニュース
2002.04
特集「学力」を考えるシリーズ 1
「学力」とは何か?


ここ数年、子どもたちの学習離れや学力低下が進んでいるのではないかという議論がマスコミ等に大きく取り上げられています。ベネッセ教育研究所では、新学習指導要領の本格的な実施を前に、子どもたちの学習の実態や到達度を調査してきました。今年度の特集では、こうした調査結果等をもとに、さまざまな角度から「学力」について考えていきたいと思います。まずは第1回として、議論の前提となる「学力」について、読者の先生方や各界でご活躍の方のお考えを紹介しましょう。

(編集室)


人には本来、「学ぶ力」が備わっている。
大事なのは、主体を育てること

東京シューレ理事長
奥地圭子さん
(おくちけいこ)
一九四一年東京都生まれ。公立小学校の教師を二十二年間務めたあと、一九八五年「東京シューレ」を開設。以来、一貫して登校拒否・不登校の子どもたちや父母のための活動をしてきた。「登校拒否を考える会」「登校拒否を考える全国ネットワーク」代表。「東京シューレ」は九九年にNPO法人として認証され、現在、理事長を務める。主な著書は、『フリースクールとはなにか』(教育史料出版会、東京シューレ編)、『学校は必要か』(NHKブックス)ほか。

自由な学び方で成長する子どもたち

 フリースクール「東京シューレ」(以下、シューレ)は、なんらかの理由で学校に行かなくなった・行けなくなった子どもたちの居場所であり、学びの場です。現在、東京都内三か所のスペースに、およそ二百人の子どもたちが通ってきています。
 シューレには、子どもたちの発議でつくられた授業や講座など、さまざまな学習のプログラムはありますが、参加は自分の選択です。それらに参加せず、一日を過ごしても構いません。
 そんな自由な学び方で「学力」はつくのか、将来は大丈夫なのか、と思われるかもしれませんが、大人が何かを無理にさせなくても、子どもはちゃんと成長して「卒業」していきます。

固定観念に縛られている?

 今、さかんに議論されている「学力」とは、知識の量のことではないでしょうか。私は、学力とは、「学ぶ力」のことを言うのだと思います。人は、石器時代から今日まで、環境から学びながら生きてきました。いわば、「学ぶ力」は、生まれながらに備わっているものだと思うのです。子どもたちは、大人が考えもしないようなことを発想したり発見したりします。大人より子どものほうが、ずっと「学ぶ力」があるように思います。それを、「今の子は学力がない」「学ぶ意欲に欠ける」と思うのは、「これを身につけるのが学力だ」「これが学習である」という固定観念に縛られているからではないでしょうか。世の中は大変な速度で動いています。子どもたちはそのことに敏感です。そうした子どもたちとのギャップが、「今の子は学力が低下している」と言わせているのかもしれません。

必要を感じれば“セマベン”もする

 東京シューレには、開設当時から「ヒロベン」「セマベン」という言い方がありました。「ヒロベン」とは「広い意味の勉強」ということで、さまざまな体験や生活の中で学んでいること。「セマベン」は、国語や数学などの「狭い意味の勉強」を指します。子どもたちは、「大人たちはセマベンばかりさせたがる。でも、何をしても、広い意味の勉強になっている」と当時からさかんに言っていました。
 また、子どもたちは、自分が必要と感じないものには学びの食指を伸ばしません。しかし、必要と認めれば、「セマベン」もしっかり取り組みます。そして、多少遅れていても、十分に追いつきます。例えば小五から不登校になった中学生が、小学校の勉強をやり直そうとします。小五の教科書を当該学年の五年生がマスターするのには一年間かかりますが、中学生なら、半分か三分の一の期間でマスターできます。それは、年齢とともに認識力が増しているからです。同様に、長年不登校状態にあった子は、いったん高校や大学に行こうと決めたら、短期間に集中して勉強し、ほとんどが合格・卒業していきました。

心が安定すると学びたくなる

 人には本来、学ぶ力が備わっていると言いました。したがって、子どもたちのために大人がしなければならないのは、主体を育てることだと思います。
 不登校になった子どもたちは言葉にならない不安を抱えており、多くの子が自己評価が低いのです。自己評価が低いと生きにくい。しかし、シューレに来ると、不登校は自分だけではないとわかるし、しかも、みんな元気にスポーツをしたり、学習をしたりしている。自分の目で見て彼らがおかしくないとわかると、自分も肯定できる。OB・OGの情報も入ってくるので、学校に行かないなりに、将来、人生をつくっていけるとわかり、心が安定する。心が安定すると、自分のペースで学びたくなる。不安からそれまで手をつけなかったことも、なんらかのきっかけで始めてみると、楽しめて、力がつく。だから、主体が育つ…というよい循環が起きてくるのです。

大人にできるのは情報提供

 「自由」と「個の尊重」とともにシューレで大切にしていることは、「自治」です。そのためには、週一回の「子どもミーティング」が重要です。講座のテーマから、活動や行事の検討、シューレ内で起こった問題など、すべてがここで話しあわれ、決定されます。例えば、「ログハウスをつくりたい」や「ユーラシア大陸を鉄道で横断しよう」などの大きなイベントの提案も、子どもたちが呼びかけてつくった実行委員会から出されます。彼らはそれを度重なる議論や修正、再提案を繰り返し、一つひとつ実行に移していきました。そしてそれが、子どもたちの自信となりました。
 あるOBは、「シューレでいろんなことをしたけれど、今、仕事をするうえでいちばん役に立っているのは、ミーティングでいろんなことを決めていった経験だ」と言っていました。
 これまで千人以上のシューレの子どもたちにかかわってきましたが、主体が育ち、自分のしたいことを見つけた子どもたちが、想像もしなかったような力を発揮していく場面を何度も見てきました。私は長年教師をしてきましたので、先生方が授業づくりにどのような努力をされているかはわかるつもりです。しかし、どんなに教師が努力しようとも、子どもの主体的力にはかなわないというのが実感です。大人にできるのは、自ら成長する力をもつ子どもを信頼し、必要な情報を提供するなど、教え込むのではなく、協力することだと思っています。 (談)

東京シューレ王子の時間割。すべて子どもたちが提案した授業・講座だ。
途中から参加するのも、空いている時間に授業・講座を新設するのも可能だ。


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