ベネッセ教育総合研究所 進研ニュース
2002.04
特集「学力」を考えるシリーズ 1
「学力」とは何か?

産業界が求める「人材」「学力」は大きく変化。
試行錯誤や「なぜ」を大切にする教育を

KPMGコンサルティング株式会社(2002年10月より、



ベリングポイント株式会社に社名変更)顧問
山田正喜子さん
(やまだ まきこ)
一九三八年東京都生まれ。一九七〇年にニューヨーク大学大学院で修士号を取得し、七二年~七四年まで、シカゴ大学産業関係研究所主任を務める。七四年帰国後、産業能率大学助教授、国際大学大学院準教授を経て、九九年から現職。学習院大学講師も務める。専門は、トップマネジメント、経営戦略、国際ビジネス。経済同友会・教育委員会のメンバーであり、「行動する経営者」として、学校現場の要請に応じて、出前授業や講演会に出かけている。著書は『マネジメント事始め』(編著・有斐閣)ほか多数。

「一つの方向からしか考えない」

 私は日米両方の教育を受けて、日本の大学生や、国際大学大学院では三十五か国の大学院生に教えたことがあります。
 その経験から言うと、残念ながら今の日本の若者は勉強をしないし、問題意識に欠けていると思います。講義に二百人も登録しているのに、出席者は五人ということもありました。あるテーマで提案をさせても、一つの方向からしか考えない。答えはいくつもあるはずなのに、「代替案は?」といっても、すぐに出てこない。
 アメリカでは、子どもが小さいときから問題意識を育てる教育をしています。
 例えば、子どもが算数の問題を公式を使わずに解いていても、先生は「こうして解きなさい」とは決して言いません。自分が試みている方法が不便だなと感じるまで、十分に試行錯誤させるのです。そうして、やっと「こういう方法が合理的でしょう」と教える。遠回りでも、そのほうが身につくからでしょう。
 キャリア(職業)教育に当たるようなものを小学校段階から取り入れているところもあります。例えば私の友人の子どもは、アメリカで十二年制の小・中・高一貫校に通っているのですが、小学校六年生のころから、近所のゴキブリ駆除のアルバイトをして、お小遣いを稼いでいました。クッキーを買う程度の少額ですが、そのような「仕事」を学校は制限つきで認めているのです。

タイガー・ウッズは学業も優秀だった

 こういう話をすると、アメリカの学校がのどかな感じを与えるかもしれませんが、必ずしもそうとはいえないのです。
 よく、「アメリカの大学は入りやすくて出にくい」と言われますが、実は、トップクラスといわれる大学に入学するのは非常に厳しい。アメリカの大学には、日本のような入学試験はないのですが、大学独自の入学選考が行われます。高校四年間の成績証明書、SATと呼ばれる全国標準テストの成績、面接、ボランティアの実績など多岐にわたる審査がなされたのち、入学許可が出ます。したがって、トップクラスの大学に入ろうと思ったら、中学校・高校時代からの相当な勉強が必要になるのです。
 もちろん、大学に入ってからも、しっかり勉強しないと、卒業に必要な単位は簡単にはとれません。プロゴルファーのタイガー・ウッズは、スポーツ万能であるだけでなく、スタンフォード大学では優秀な成績を修めたということは、あまり知られていません。日本の一部の大学のように、スポーツ推薦で入学し、運動だけしていれば許されるといったことはまずないのです。
 もちろん、希望する大学に入れなかったからといって、そこで道は閉ざされることはありません。大学でも転学はかなり自由にできますし、大学で優秀な成績を修めれば、大学院への道も開かれます。アメリカでは所得格差が激しく、保護者の所得水準で子どもの教育水準も決まるような側面がありますが、貧しくても意欲が高く優秀な子どもには奨学金が出て、高いレベルの教育を受ける道もちゃんとあります。そのようにいくつもの選択肢が用意されているのもアメリカの特徴です。

産業界の変化に合った人材が求められる

 日本の学生たちはそれでも企業に採用されると、多くは優秀な企業人として貢献してきました。それは、企業がコストをかけて社員教育をしてきたからです。しかし、最近は、教育コストがかかりすぎる新卒者の採用を控え始めています。企業が求める人材は、ますます変わっていくでしょう。例えば、工場ではほとんどの生産ラインはコンピュータで制御され、人間は機械がどうしてもできない部分の仕事だけをするようになります。そのような仕事には経験・熟練が必要なこともあり、中途採用が増えてくるでしょうし、経験の少ない新卒者には、なおさら問題意識や柔軟な発想などが求められるでしょう。
 このような産業界の動きにもかかわらず、学校の教育内容がそれに応えていないことに、経営者たちは憂えているのです。日本の企業は終身雇用制をなくそうとしていますが、優秀な人材にはできるだけ長くいてほしいという気持ちに変わりはありません。

自立心を潰さないで

 加えて、国際化・情報化がいっそう進むこれからの社会に巣立っていく子どもたちにぜひ身につけてほしいのは、情報活用能力・分析力です。それには、まず、何かに興味を持ち、集中して取り組んでいくことではないでしょうか。好きなことには、基礎から積み上げていくような努力も厭わずできるはずです。 先生方や親御さんは、子どもの小さな「なぜ」に応えてほしいと思います。
 それから、言葉によるコミュニケーション。厳しい競争社会のアメリカでは、子どもにはまず、あいさつがきちんとできるようしつけられます。地下鉄の中で人の前を横切る場合でも、「エクスキューズ・ミー」は欠かしません。多民族社会では、身の安全のためにもコミュニケーションが大事なのです。
 それから、自立心。私は小学校から高校までの一貫教育を受けましたが、小学校でよい成績をとる人と中学校・高校で優秀な成績を修める人とは違いました。中学校からは、自立心の強い、ときには反抗もするような人がしっかり勉強をしていたように思います。保護者や先生方は、子どもの自立心を潰さないようにすることが大切ではないでしょうか。 (談)


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