私は、なぜ定説を覆すような研究に打ち込み、のちに「フランス民法典のルネサンス」と呼ばれることになった研究動向を開くことができたのか。それは、「問題を持つことは、解決に進んでいることだ」という東京帝国大・南原繁総長の教えが、学生時代から心に刻まれていたからかもしれません。
そして何より、「民法を学ぶには、まず民法の各制度・各規定の意味や趣旨を理解し、ルーツを明らかにする必要がある」という一念があったからだと思います。まさに『君たちはどう生きるか』の一節に学んだ精神が、私を突き動かしていたのでしょう。「現在の最高峰の学問を修得し、その上に立って研究しなければならない」。これは学者としての最も大切な信条となったのです。
当時、下火であった法解釈学にこだわって研究を続けたのも同様の理由です。戦後の日本の民法学は、社会で法制度がどのような働きをしているのかという「法社会学」が盛んに研究されていました。しかし、私は「民法を勉強する以上、伝統的な法解釈学を学ぶことが出発点になる」と感じていました。その中で、何とかして新しい学問の方法論を見つけたいと考え、当時の民法学に一石を投じることになる「利益考量論(注)」という法解釈の方法を提示することができたのです。
学生時代には、学問でもスポーツでもよい、何か打ち込むものを持ってほしいと思います。そして、疑問を抱いたらいつまでも持ち続け、機会があれば突き詰めて考えてみてください。疑問を自分の中でごまかさないということが大事です。いつか新しい発見につながるかもしれません。これは学者だけではなく、社会で生き抜くためにとても大切なことだと思います。
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