もりなが・とくいち 教職歴30年。社会科担当。大学院修了後、私立校に3年間勤務。その後、東京都内の中学校に赴任。2001年度から校長。
東京都足立区立上沼田中学校校長
森永德 一
あれは、私が教師となって4年目の出来事でした。その学校では毎年秋に2年生対象の音楽鑑賞会が上野のホールでありました。2学年担任の私は引率のため、会場の最後列で学級の様子を見ていましたが、生徒が時々、下を向くのに気づきました。演奏を聴くだけなのになぜだろうと不思議に思いましたが、静かな様子だったので、そのまま過ごしました。 大勢の生徒を校外に連れ出すのですから、教師は多少なりとも緊張します。帰りの車中は静かで、何事もなく学校に戻りました。あとは鑑賞会の感想文を書かせ、帰りの学活をして終わりです。やれやれと思いながら教室に入ると、ぷんとアメのような甘い匂いが鼻につきました。なぜそのような匂いがするのか。何かおかしい。私は感想文を回収したあと、生徒にこう言いました。 「アメのような匂いがするけれども、何か悪いことをしていないよな」 すると、もうすぐ帰れるとざわついていた教室が急に静まり返りました。「もし鑑賞中にアメをなめていたとしたら、それは許されないことだ。正直に答えなさい」と言うと、生徒は皆、黙っています。だれかがアメをなめていたのは明らかでした。 「この場で言えないなら、私は職員室にいるから1人ずつ来なさい」 私は、「うそをつかない」「いじめない」「人の話をしっかり聞く」「時間を守る」「何事も真剣に取り組む」ことを学級の約束として、学級開きの際に生徒に伝えていました。私はアメをなめたことはもちろん、それを黙っているのが許せなかった。この事態を見すごしてはならないと思ったのです。 最初の生徒が職員室に来ました。 「演奏中にアメをなめていたのか」「……はい」「どうしてアメを持っていたんだ」「もらいました」「だれから」「Aさんから」「どうして演奏中になめちゃいけないのかわかるか」「……」「答えが言えるまで1人で考えて、また来なさい」 そのようなやりとりを1人ずつ続けるうちに、学級全員がかかわっていることがわかりました。ある女子生徒がアメを数袋持ってきて、トイレで数人に分け、その生徒たちが学級全員に2、3個ずつ配っていたのです。ポケットにしまっていた生徒もいましたが、大半はなめていました。学級委員や生活委員も例外ではありませんでした。 生徒と一対一で話すうちに、私はこの機会を逃してはならないと思い始めました。人がしてはならないことをしてしまったとき、どうすればよいのか。なめなかったとしても、アメを差し出されたときにどう対応すればよかったのか。自分自身と向き合い、答えを出させるチャンスだと思ったのです。今しっかり考えさせれば、これから何事にも真剣に取り組めるようになる。時間がかかっても考えさせよう、と。 40人全員と1回ずつ話し終わったころには日が暮れていました。「子どもが帰ってこない」と、何人もの保護者から電話があり、学校に来た保護者もいました。教頭と学年主任には「学活が長引いています。何があったのかは、帰宅後にお子さんから聞いてください」との保護者への対応をお願いしました。学活は学級全員が参加するものです。今ではこうした指導はなかなか難しいのですが、そのときの私は全員から答えを聞くまで、学活を終わらせるつもりはありませんでした。初めは「帰しなさい」と言っていた教頭と学年主任も、私の決意を感じ取ったのか、保護者対応を引き受けてくれました。