記念特集 中学校教育のこれまでとこれから
佐竹朋子

さたけ・ともこ 教職歴12年。英語科担当。生徒指導担当。1学年副担任。仙台市立松陵中学校を経て、2000年度から同校。

VIEW21[中学版] ともに語る、考える。ベネッセの教育情報誌
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【私の指導エピソード】挑んだ!越えた!あの瞬間

生徒と向き合う苦しさの中で
私を変えた先輩の一言

宮城県仙台市立山田中学校教諭

佐竹朋子

想像を超える「荒れ」に翻弄された日々

 「先生、手が汚れちゃった」
 そう言って、給食で汚れた手を私の服でぬぐう生徒。私は唖(あ)然として声も出ません。叱るべきなのか、笑うべきなのか、瞬時に判断できない。
 「どうしていいのかわからない」
 これが、私が9年前に山田中学校に赴任した直後の率直な思いでした。
 教職に就いて4年目の私は、2学年担任となりました。前任校は学力レベルが高く、生活面でも手がかからない生徒ばかりだっただけに、当時の本校での生徒指導の厳しさは想像以上でした。朝は廊下でたむろしている生徒を教室に入れることから始まります。昼食は落ち着いて食べられず、放課後は問題を起こした生徒の対応に追われました。耐えきれずに、校長先生にお願いして途中で帰らせてもらったこともありました。
 生徒指導に苦しんでいた私を支えてくれたのは、当時、本校の生徒指導主事だった鶴岡勝彦先生でした。鶴岡先生は、その時々において私がすべきことを事細かに指示したりはしませんでした。自身の姿を通してあるべき姿を見せてくれる、それが先生の後輩育成法でした。
 問題を起こした生徒について外部機関に出向いて話を聞いたり、保護者に会って説明したりするときには、鶴岡先生の後ろに付いてその対応をしっかり学びました。鶴岡先生は、問題が起きると真っ先に生徒に問いただして事実を整理し、今後の対応も含め、保護者が納得できるようにきちんと伝えていました。そうすることで、トラブルを起こさずに保護者の協力を得られるとわかりました。
 ただ、鶴岡先生は重大事件でこそ陣頭で指揮を取るものの、普段は担任を立てるよう気を配っていました。休み時間には担任を教室にいるようにさせ、教師と生徒のコミュニケーションを促したのもその一つです。「生徒指導の最前線に立つのはあくまで担任」と、決して私たちより前に出ることはありませんでした。


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