おとなしい子も危ない
B君ほどではないにしても、キレやすい子が増えているとT教諭は感じている。授業中に騒がしい生徒を少し注意しただけでも「うるせえよ、向こうに行けよ」と食ってかかってくる。キレる子ばかりではない。反対に、こちら側が何を言っても無表情のままで聞き流す生徒もいる。例えば忘れ物をしてきた生徒に注意をすると「はい、分かりました。ごめんなさい」と素直に謝る。だが心の入り口で扉を閉ざして、教師の説教が早く終わるのを待っている様子がありありと伝わってくる。
「自分の言葉が生徒に響いていかないんです。生徒の心が見えないし、つかめなくなっていますね」
神奈川県の公立中学校に勤務するS教諭は、表現能力が貧弱になっていることが、キレる子が増加している原因ではないかと考える。S教諭が勤務している中学校の廊下は、天井にいくつもの穴が空けられており、テープで修復されている。生徒が傘やほうきでつついて壊したものだ。
「彼らが器物破損に走るのは、決まって教師から何かの注意を受けたときです。怒りをそういう形でしか表すことができないんですよね。自分の思いを周囲に分からせようと思ったら、言葉にする必要があるのですが、それを学ぶ前に中学生になってしまったのかな。自分のイメージに合わないことがあると、すぐ力任せの行動に出るんですよ」
生徒による暴力といえば、20年前に校内暴力が話題になった頃も生徒たちは随分と暴れた。だが校内暴力世代とキレる世代とでは、質が異なるとS教諭は語る。
「昔は標的になる教師がいたんですよ。あいつが気に入らないからやってやろう、だったんです。でも今は漫然たる不満を抱えていて、それがたまたま何かのきっかけで弾けてしまう。だから誰もがキレた子の被害者になる危険性があります」
もちろん思春期は、誰もが鬱屈した気持ちを抱え込んでいるものだ。自我に目覚め、しかし自分の感情を正確に表現する術が未熟なため、自分自身を持て余す。そして時にそれは逸脱行動へと向かう。だがS教諭は、今の子はそれがあまりに早すぎると感じている。爆発する前に、自分の感情をどうにか相手に伝えようと努力する過程が、すっぽりと抜け落ちているようなのだ。
「でも、いつもキレている子はまだいいと思うんです。何かに腹を立てていることが僕らにも分かるから。幼稚な形でも、キレることも一つの表現なんですよ。本当に心配なのは、教室の中で無表情のままで座っている、何を考えているかつかめない生徒たちですね。彼らはもしかしたらずっとストレスを溜め込んだまま表出できず、それがいつかとんでもない形で暴発してしまうかも知れない。でも私たちにはそれが見えないんです」
感情を表現する術を持たせる
S教諭は美術教師である。美術は言わば生徒たちの表現力を養うための教科だ。S教諭は少しでも生徒に表現することの喜びを知ってもらうために一斉授業を少なくし、生徒それぞれが本当に描きたいもの、作りたいものに自由に臨める機会を増やすようにした。だが、絵の具をパレットに出すことさえ面倒くさがる生徒も少なくない。
一方、T教諭もやはりキレる子の原因は、心が育っていないからだと考えている。T教諭は国語教師だが、授業では3分間スピーチを取り入れて、みんなの前で自分が思っていることを喋る楽しさを味わわせようとしている。
「自分が取り組んでいることがどれだけの効果があるか、正直に言って分かりません。でも生徒の現状を前にしたら、自分の教科の中で何か工夫していくしかないと思っています」
どうすればキレずに、自分の感情を上手に表現できる生徒が育つか。教師は格闘を続けている。
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