VIEW21 2002.6  指導変革の軌跡 福岡県立八幡高校

だが八幡高校の
先生方は、“筑波体験”にとどまらず、生徒の視野を広げられるような取り組みをさらに展開させたいと考えていた。
 昨年5月、理数科主任をしている高野朝幸先生は、「理数科課題研究報告書」と題された冊子を持って、九州大大学院数理学研究院長の鎌田正良教授の研究室を訪ねていた。同校の理数科では毎年、課題研究として、1年生が数学、2年生が理科に関する研究テーマを自分たちで設定して、グループで研究していた。その課題研究の1年生のテーマを、今年は大学で数学の教鞭を執っている先生に作問してもらえないだろうかと考えたのだ。目的は「最前線の研究の一端に触れることによって、生徒の意欲を伸ばすこと」であり、筑波研修旅行とねらいは同じだ。
 高野先生の申し出を、鎌田教授は快諾した。グループを10班に分けて、それぞれに異なる問題を出すこと、どの解答が優れているか互いに競い合わせることなど、案を出し合った。当時を振り返って、鎌田教授はこう語る。
 「高野先生からお話があったとき、これは面白いと思いましたね。課題研究では、数か月間の時間をかけて課題に挑戦することになります。私もこれまで何度か、高校への出張講義は経験していました。そのとき心掛けていたのが、与えられた問題をこなすのが数学ではなく、自分で考える行為が大切であることを、生徒たちに伝えることだったのです。そのため講義でもワークショップ形式を多く取り入れ、生徒が自ら取り組む機会を増やしていました。課題研究では、その取り組みを、よりじっくりとできるわけですからね」
 7月末、鎌田教授と鈴木昌和教授が八幡高校を訪ね、課題研究説明会を実施した。1班8人からなる10班に1問ずつ問題が手渡され、生徒には夏休み末の中間報告会で、鎌田教授や鈴木教授に進捗状況を説明することが義務付けられた。さらに10月には、生徒が班ごとに直接九州大の研究室を訪ね、教授の前で2回目の中間報告をすることになった。
 鎌田教授らが作成した問題の中には、Σ(シグマ)を利用しないと解けないなど、数Iの教科書のレベルを超えた内容のものもあった。生徒たちは先生から数IIBや数IIICの教科書を借りて、独学で課題解決に臨んだ。生徒にとって、この先取り学習は効果的だったようだ。自分たちが知っていることの一歩先に踏み込むためには、自ら学び考えることが不可欠となる。単に公式を覚え、与えられた問題をこなす数学とは、違う数学を体験することになる。その結果、最終発表の場である2月に行われた課題研究報告会では、鎌田教授も想定していなかったような独創的な解法で、課題にアプローチした班も出てきた。理数科で数学を担当する長野満晴先生は語る。
 「もちろん数学の場合、社会的なテーマの研究とは違い、みんなでディスカッションしながら理解を深めるというのは難しいですよね。そこで最初は数学が得意な子が率先して課題解決に挑戦し、あとで他の生徒に説明するという“教え合い”の風景が見られました」
 大学教授に協力を仰いで課題研究を実施したもう一つのメリットは、何と言っても大学の先生の姿に生徒が直に触れられたことだ。
 「九州大には、生徒はオープンキャンパスでも訪れているのですが、建物が古かったとか、外見的な印象しか持たないんですよね。本当はその校舎の中で行われている研究のすごさを感じとってきてほしいのですが……。その点課題研究は、大学の先生の研究内容や研究への姿勢を知ることができる絶好のチャンスになったと思っています」(高野先生)

昨年、八幡高校の
課題研究は課外を活用して展開されていた。今年は学校裁量時間として「探究の時間」が週1時間設けられ、生徒はこの時間に課題研究に臨むことになった。より継続的、計画的に課題研究を実践できる体制が整ったわけだ。
 そして今年からは数学ばかりでなく、2年生の理科の課題研究においても、九州大理学部との連携がスタートすることになった。
 「理科は数学と違って実験が必要となります。大学の施設を借りないとできない実験も中にはあるはず。そういう面では数学以上に生徒たちが大学に通う機会が増えそうです。また理科の課題研究は、夏休みの筑波研修旅行にも有機的に結び付くのではないかと期待しています。自分たちが課題研究で取り組んでいる内容を、最先端の研究施設ではどのように応用しているか、生徒たちは興味深く見学できるのではないでしょうか」(高野先生)
 さらに同校では、完全週5日制を受け、今年度から月2回土曜セミナーを実施している。
 「1コマ90分で、1コマ目と2コマ目は習熟度別の演習を行い、3コマ目は進路意識を養うために、大学の先生による出張講義や学部説明会、本校卒業生による社会人講演会などを予定しています。理数科の生徒には、この時間を利用して、課題研究のための大学訪問も積極的に行わせようと考えています」(進路指導主事・永居凡人先生)
 八幡高校理数科が目指している教育は、単に生徒を大学に進学させることだけではなく、生徒たちが将来科学者や技術者として、活躍するための芽を育むことだ。同校ではそのための布石を、着々と打ち出しつつある。

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