上田憲一郎 前三井住友銀行 確定拠出年金グループ長
三井住友銀行 「確定拠出年金プロジェクト」
異業種間の文化の違いをどう埋めていくか。 リーダーとしての力量が試された
「私がリーダーとしてできることは、銀行間、そして銀行と保険会社の間にうまく入って潤滑油の役割をすることではないか――」
確定拠出年金の運用に向け、毎日綿密な打ち合わせや折衝が行われる中、上田憲一郎氏は、いつしかリーダーとしての自分の役割をこんな風に考えるようになっていた。
上田氏が、さくら銀行(当時)の確定拠出年金グループ長に着任したのは、2000年10月のこと。住友銀行とさくら銀行が合併の発表を行ってから1年後のことだ。この部署は、確定拠出年金という全く新しい年金の形態を立ち上げるために、新たに設けられた部署だった。確定拠出年金は、銀行にとっては、今まで信託銀行や生命保険会社のテリトリーだった企業年金に足を踏み入れられる大きなビジネスチャンス。当時はあと半年で法案が成立し、制度として動き始めるのではと言われており、既に他行も、顧客獲得のために着々と準備を開始していた。上田氏がグループ長に着任したとき、住友・さくら両行もまた、未知の世界、しかもし烈な争いが繰り広げられるだろう分野に、まさに挑み始めたところだった。
「確定拠出年金プロジェクト」は、二つの意味で、「三井住友銀行」として生まれ変わる両行の未来を占う試金石だった。一つは、住友・さくら両行が初めての混成チームで行うプロジェクトであるということ。もう一つは、銀行と保険会社という異業種が連携して、確定拠出年金業務を動かす子会社を運営するという全く新しい試みであるということ。そのようなビッグプロジェクトのリーダーに抜擢されたのが、上田氏だったのだ。
上田 憲一郎
1960年5月27日生まれ。84年、三井銀行(当時)入社。87年、関東証券(現堂島関東証券)出向。91年、太陽神戸三井投資顧問(現さくら投信投資顧問)出向。00年、さくら銀行企業年金企画グループ長、01年4月、三井住友銀行確定拠出年金グループ長。02年7月よりJ-PECに出向。日本証券アナリスト協会検定会員、年金学会会員など。
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