VIEW21 2002.10  リーダー群像
 現状をどう捉え、どう行動したのか

 しかし、「最初は、私が提案することすべてに反対されました」とセーラさんが述懐するように、社員との衝突は毎日のように起こった。中には、「余計なお世話」「そんなに嫌だったらアメリカに帰ればいいじゃないか」と言う人もいたという。しかし、セーラさんは諦めなかった。やり方が違っても、危機にさらされている桝一市村酒造場を何とかしたいと考える社員は少なくない。衝突を繰り返しながら、少しずつ自分が考えていることを伝えていった。
 「特に、店舗改装のときはブーイングの嵐でした。以前は店舗の奥に事務所があって、お客様がわざわざ呼び鈴を鳴らさないと、対応ができない構造になっていました。お客様が来ると『仕事を邪魔された』という雰囲気があったんですね。でも、お客様に喜んでいただいてこそ初めていい店になるわけだから、これは何とかしなきゃいけないと思ったんです。事務所の机を全部取り払って、店舗と事務所を一緒にしました。そして、お客様に関する資料や商品の資料を共有化して、みんなが見られるように一か所にまとめたんです。でも、『何でそんなことやらなきゃいけないんだ』って最初は、随分迷惑がられました」
 セーラさんは、なかなか賛同してくれない社員を尻目に、着々と片付けを始めた。そして、店を改装するために、ついには自分でハンマーを持ち、壁を叩き壊し始めたのである。
 「みんな目を見開いて、びっくりしていました(笑)。でも、予算がない中で、新しいことを始めようと思ったら、自分たちで手を動かすしかないんです。そうこうしていたら、最初は渋っていた人たちも段々手伝ってくれるようになって、今では『自分たちがつくった店なんだ』と誇りを持ってくれています。自分で手をかけると、その後の維持もきっちりできるようになるんです。こういう感覚は、机で仕事だけしていたんじゃ分からない。自分の手と足を使って体験してやっと分かると思います」
 3年かけて行われた改革。一時は投資金額が4億円にも膨らんだこともあったという。しかし、落ち着いた雰囲気を醸し出す和風のおしゃれな店内、一流の酒、一流の料理が出される料理屋「蔵部」は、一躍小布施町の人気のスペースとなり、年商が1億5000万円を超えるまでに急成長したのである。

デッキ磨きが一番上手な船長を目指したい

 セーラさんは同社の取締役になった現在でも、店を手伝ったり、道路の掃除をしたりと自ら精力的に動いている。
 「西洋には『船長はデッキ磨きが一番上手だ』ということわざがあります。周りの人に協力してほしかったら、まずは自分から動くこと。地道なことでもコツコツとやって自分の基盤を固めることが大事だと思います」
 その言葉通り、取材中も、道にごみが落ちていたらさっと拾い集めたり、店内の電球が切れているのを見つけて社員に対応を求めたり、酒のディスプレイを直したりと、常に細かい気配りを欠かさない。
 「アメリカ人だからこそ、日本の伝統文化の良さを残したいと思うし、貢献できることもたくさんあると思うんです」と言うセーラさん。そんな思いで、セーラさんが企画して昨年度から始めたのが「小布施(おぶせ)ッション」というイベントである。ゾロ目の日に、芸術・文化各方面で活躍している人物を招き、桝一市村酒造場の敷地の一角で講演をしてもらう。取材にうかがった月のテーマは、「瓦」。吹田市立博物館の参事が昔ながらの「だるま釜による瓦づくり」についての講演を行った。「日本の昔からの伝統産業を、新しい産業としてもう一度見直していくことが、これからの日本にとって大切なことなのではないでしょうか」という参事の言葉に、人一倍「うん、うん」と大きく頷くセーラさん。これからも、小布施や日本の伝統を国内だけでなく世界に向けて伝えるために、様々な企画を小布施の人々と考えていきたいと言う。
 「今までの私は旗振り役でした。でも、一つの組織に一人の葉っぱが大きくなると、下で伸びようとする葉っぱに太陽が当たらなくなってしまう。これからは花になることよりも実になって人を育てていきたいと思っています」


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