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情報通信技術で人間の五感を補うクルマを実現
しかし、ITSの実現によって期待される効果は道路交通の改善にとどまらない。ITSが政府の重要施策として重視、注目されているのは、ITS市場の整備・構築によって50兆円に及ぶ経済効果が見込まれるためである。自動車業界はもちろん、通信会社や機器メーカー、その他ビジネスチャンスを見いだして参入してくる多くの業界がITSの発展を支えると共に、市場拡大の恩恵を受ける可能性があるのだ。
そこで今後益々拡大するITS市場を見越して、国内メーカー各社が取り組んでいるのがASV(
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)プロジェクトである。ドライバーの操作や認知・判断ミスなどをクルマ自体がサポートし、より安全な運転環境を実現しようとするものだ。
ASVの技術的基盤は高度に発達した情報通信技術とセンシング(検知)技術。カメラや無線通信といった、これまであまりクルマと関係がないと思われていたシステムがふんだんに取り入れられているのだ。それによって、障害物を見つけたり、道路・天候のコンディションなどを感知したりして、安全・快適な走行ができるように支援するのである。
例えば「ナビ協調シフト制御」は、カーナビから得た情報を利用して、道路の勾配やカーブに合わせてギアを自動調節。マニュアル車で行うようなこまめなシフトチェンジを、クルマが的確にやってくれる。
クルマがドライバーに代わって危険を察知し、警告する装置もある。現在普及が進みつつある「居眠り警報」は、運転席に取り付けられたカメラでドライバーの瞬きの具合をチェック、また心臓の拍動をセンサーで検知して意識の低下を判断する。ドライバーの注意力が低下していると判断された場合は「疲れていませんか?」「休憩してください」と声を掛けたり、シートを振動させるなどしてドライバーの注意を促すのだ。
その他、夜間の見えにくい歩行者を赤外線センサーで検知し、瞬時にモニターに映し出すシステムや、カーブに合わせてヘッドライトの光の角度を自動的に変えるシステムもある。ドライバーの運転技術や操作ミスをサポートするだけではなく、クルマ自体が目(視)となり手(触)となって人間の五感をも補うのである。
クルマの進化で視野に入ってきた「完全自動運転」
これまで、安全性・快適性を追求してきたASV。近年では単に安全性だけではなく、クルマとドライバーを結ぶインターフェースの向上も進んでいる。車載電話に音声認識機能を付けて、ハンドルを握ったまま会話ができるようにしたり、高齢者でも安全に運転できるように支援したりするなど、より使い勝手の良いシステムへと進化を遂げようとしているのだ。
しかし、近年の研究ではさらに注目すべき技術がある。それは「完全自動運転」だ。
96年、開通直前の上信越自動車道で行われた走行実験では、無線通信の指示に従って隊列走行が行われ、車線からはみ出すこともなく等間隔で整然と走行する光景が展開された。クルマ側には車間距離を測るためのカメラやセンサーを、道路側にはクルマの走行状態を検知する装置を設置。クルマ・インフラ双方とも万全の体制で臨んだことで、この実験は見事に成功したのである。
とは言え、このような高度な交通システムを、多数のクルマや歩行者が交差する一般道路で実現させるのは難しい。実際、ASVをインフラ側から支え、クルマと道路の協調を促すAHS(
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)はITS構想中、最も高い技術が必要だと言われている。
だがAHSの将来目標は、ドライバーすらおらず、クルマ自体が状況を見て判断し行動する「完全自動運転」。実現すれば、眠ったままで目的地まで連れて行ってくれるクルマ社会も夢ではないのだ。高速道路での走行実験の光景は、未来のクルマ社会の可能性を垣間見せてくれるものだった。
日本の高度なクルマ技術は、ASVプロジェクトの中で優れた安全技術を開発し、快適性をも向上させてきた。究極の「完全自動運転」も技術的には可能になっている。だが、ASVの実現ですべての自動車の研究が終わるわけではない。より一層の安全性・快適性の追求、環境対策など、研究者の開発意欲を刺激するテーマはこれからも出てくるだろうし、またそれを見つけること自体が自動車産業発展の原動力にもなるのである。
※2 Advanced Safety Vehicle - 先進安全自動車
※3 Advanced Cruise-Assist Highway System - 走行支援道路システム
上信越自動車道における自動運転の走行実験
(『ITSハンドブック2000-2001』財団法人 道路新産業開発機構)
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