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「個に応じた指導」で変わる中学校教育と教師の在り方
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指導事例
習熟度別学習
東京都・品川区立荏原第三中学校
 東京都品川区にある荏原第三中学校では、00年度4月から、数学・英語の各教科で習熟度別学習を取り入れている。同校では、習熟度別学習を通して生徒の学習意欲の向上を図ると共に、学習を通して見えてきた課題を小中連携に生かし、地域の期待に応えている。
 本コーナーでは、全国の中学校の先進事例として、同校の数学の習熟度別学習をレポートする。
自ら課題を見つけ解決する能力を養う
 同校の習熟度別学習の特徴は、あくまで従来の一斉授業を基本としながら、必要に応じて実施されるところにある。1~3年とも、特別なクラス分けを行うのではなく、原則として一単元が終わるごとに、一つのクラスの中でグループ編成を行うのだ。また比較的大きな単元、例えば「方程式」の前半が計算、後半が文章題などのように内容的に二つに分けられる場合は、一単元の途中で行われることもある。一単元はおよそ10~30時間で、各単元終了後の1時間を習熟度別学習に充当。1年間で約六単元あるため、年間約6~10時間が習熟度別学習に充てられることになる。
 グループはA~Dの四つに分かれる。Aは小学校の復習を含む基礎的な問題を解くグループ。Bは基本の定着を目的とし、Aよりやや難しい問題を解くグループ。Cはやや応用的な問題を解くグループ。Dは高校入試並みの発展的な問題を解くグループである。
 4グループは同一教室内の四か所に分散して4~5名の教師から指導を受ける(図3)。
図3
指導に当たるのは数学科の教師に加え、数学を専門としている楚阪博校長と、品川区が派遣する指導助手(※)である。

※指導助手 品川区では教員免許は持っているが教職には就いていない人材を、中学校の要望に応じて派遣している。同区が進める教育改革「プラン21」の一施策。

 同校の習熟度別学習には、三つの特色がある。
(1)生徒自身による理解度診断学習である。
(2)自ら「つまずき」を発見し、自己解決させる学習である。
(3)「つまずき」の自己解決を通して、学習の仕方を身に付けさせる学習である。
 習熟度別学習のねらいについて、楚阪校長は次のように述べる。
 「習熟度別学習は『できる生徒』と『できない生徒』を分けるためのものではありません。『自分はどこが分からないのか』『なぜ、間違うのか』ということを生徒自身に気付かせることを通して、自ら課題を見つけ解決していく能力を高めることを目的としているのです」


グループの選択を通して課題解決力の向上を図る
 グループの選択を行うのは生徒自身だ。単元が終わるとグループ選択の判断材料としてA~Dの各レベルの問題を抜粋し、作成した問題用紙が生徒に配付される。生徒はそれを解きながら自分で理解度を判断し、あるいは保護者と相談しグループ選択を行う。習熟度別学習が始まる際に、問題を見て自分に合わないと感じれば、その時点でのグループ変更も可能である。
 「もちろん1年生の最初のうちは、自分の実力以上のグループを選んでしまったり、あるいはその逆もあります。しかし、何回かグループ選択を繰り返すうちに自分がどの程度その単元を理解しているか、実力はどの程度付いているのかということが分かるようになります。こうして選択する力を身に付けさせることで、課題発見の能力も身に付いてくるのです」(楚阪校長)
 A・Bグループの生徒にとっては、自分と同じレベルの生徒と一緒に学習できる安心感があるし、C・Dグループの生徒にとっては、生徒同士で相談しながら学習を進めていくことで充実感を味わうことができる。また、毎回Dグループに属する理解度の高い生徒を「ミニティーチャー」としてA・Bグループの指導に当たらせ、生徒同士の人間関係を深める工夫も凝らしている。
 このように、すべての生徒が自分のペースで学習ができるため、習熟度別学習に対する生徒の満足度は高く、02年3月に実施した意識調査では、全生徒の9割以上が「習熟度別授業を行った方がよい」と回答。また、数学に対する印象を改めた生徒は半数以上に上った(図4)。
図4


小学校段階に遡り「つまずき」の根を絶つ
 各グループの人数比率は、1年生の段階ではDが多いが、内容が難しくなるに連れB・Cが増える。この中で、特にきめ細かい指導が必要なのはAとBだ。
 「C・Dの生徒はレベルの高い問題を与えれば、自分たちでどんどん解いていくだけの力を持っているので、教師が付きっきりで指導をする必要はそれほどありません。そのため、教師が主に指導に当たるのはA・B各グループの生徒たちですが、一番気を配らなくてはならないのはBグループの生徒たちです。Aは学習意欲はあるものの、基礎が身に付いていないためにつまずいている生徒が多い一方、Bの生徒は一定の学力を持ちながら、学習に対する意欲が低いためにBグループに甘んじている生徒が多いからです。Bグループの意識を高めるには、Aグループの力を引き上げるのが一番です。競争心に火が付いて、学習に力を入れるようになります」(楚阪校長)
 もし、3グループに分けていたら、AとBは一つのグループにまとまってしまい、Bグループ固有の問題が明らかになることはなかっただろう。さらに、Aグループの「つまずき」の原因も、明確にならなかったかも知れない。
 Aグループの指導を通して浮き彫りになったのは、小学校段階における基礎学力の未定着だ。特に中1生では、九九を覚えていないまま、あるいは分数の意味を理解していないまま進学してくる生徒が少なくないことが分かった。また解を導き出す過程の計算式をノートに正確に記述していく方法が身に付いていないため、どこで間違えたのかを遡って判断することができない生徒も多かった。
 そこで荏原第三中学校では、卒業生のほとんどが同校に進学する大間窪小学校と数学・算数での連携を始めた。非常勤講師が両校の橋渡し役となって、中学校側の要望を基に、小学生に対してノートの取り方や計算プロセスの書き方などを指導するのだ。こうした取り組みが成果を上げ、大間窪小学校から進学してきた生徒は、他の小学校からの生徒よりも授業の理解度が高かったという。
 習熟度別学習という「個に応じた指導」を通して、生徒の学力を向上させるだけでなく、そこで明らかとなった課題を基に小学校との連携をも実現させた荏原第三中学校。現場の問題意識を地域にまで広げることで、地域全体の学力の底上げを図ることも不可能ではない――。そうした可能性を感じさせる取り組みだと言えるだろう。
 
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