ベネッセ教育総合研究所 ベネッセホールディングス
キャリア教育の視点と方法を探る
吉本圭一
九州大大学院
人間環境学研究院助教授
吉本圭一
Yoshimoto Keiichi

高松亮輔
福岡県教育庁 教育振興部
高校教育課 指導主事
高松亮輔
Takamatsu Ryosuke

宮原清
福岡県立博多青松高校教諭
進路指導主事
宮原清
Miyahara Kiyoshi

高田正規
ベネッセ教育総研所長
高田正規
Takata Masanori
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座談会
キャリア教育に欠かせない視点とは
 1999年、中央教育審議会は「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」の答申において、キャリア教育強化への期待を表明した。これを皮切りに、各省庁でキャリア教育についての検討が加えられ、03年6月には内閣府、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の一府三省合同による「若者自立・挑戦プラン」が発表された。産官学が連携して若者の就労支援に乗り出す中、学校教育においてもキャリア教育という視点が改めてクローズアップされようとしている。
 今号では、キャリア教育に詳しい九州大大学院・吉本圭一助教授と高校の先生方との座談会を実施。なぜ今、教育現場においてキャリア教育が求められているのか、キャリア教育を進める上で必要な視点や方法とはどのようなものかについて、話し合っていただいた。
キャリア教育により「学びの質」を転換
高田 中教審答申におけるキャリア教育の定義は、「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせると共に、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」です。一見、新しい教育のように見えますが、図1をご覧いただいても分かる通り、実は従来の進路指導や進路学習、「総合的な学習の時間」で扱ってきた生き方指導などに少し価値観的な要素を付け加えた教育であると言えます。吉本先生は80年代から若年労働市場について注目されていて、キャリア教育についても様々な研究をされています。そこでまず、なぜ今、キャリア教育が必要とされるようになったのか、おうかがいしたいのですが。
図1
吉本 一つには「学びの質」の転換という課題があると思います。大学での学びには、自ら疑問を見つけて学ぶ力や意欲が必要です。高校までの教育と違い、「正解がない」ことがしばしばあるわけですからね。ところが近年の学生は正解を与えられることに慣れてしまい、深く物事を考えず安直に答えを出そうとする者が増えています。そこで、自ら主体的に学ぶ態度を養うには「学びの質」を転換しなくてはいけないのではないかという、根本的な課題が浮き彫りになってきたのです。しかし、大学だけを変えても「学びの質」は変えられませんから、高校においても大学卒業後の10年先までの歩みを想像させることが必要なのです。
高田 日本の子どもたちの学びに対する姿勢の弱さは、国際到達度評価学会の調査でも指摘されています。結果としての学力は相対的に高いが、学び方や考え方、学ぶ意欲や喜びに関してはレベルが低い。
吉本 また、産業構造や雇用環境の変化で、今の子どもたちは自らの将来のことを描きにくい状態に置かれているという点も指摘できると思います。親の仕事が目の前で見える農業や自営業では、子ども自身が親の仕事を手伝いながら「働くこと」の意味や意義を見いだすことができました。ところが多くの社会人が企業に勤めるようになり、さらに近年ではコンピュータに向かう業務も多くなり、端から見ているだけでは何をしているか分からない場合が少なくありません。コンピュータを操作するという業務には、実は会社の同僚や取引先など、様々な人とのコミュニケーションが存在しています。それが子どもたちには見えにくい。
高田 確かに近年、高校現場だけを見ても子どもの気質が変わってきて、将来に対する意思決定ができにくい生徒が増えてきました。図2でも分かりますが、「就きたい職業」「なりたい自分」など、どの項目も肯定率が下がっています。私も教職にあった頃、ある生徒に「どうせ自分には将来がない、だから勝手なことをしてどこが悪い」と食ってかかられたことがありました。この生徒は将来を見ようとしていなかったのですね。
図2
高松 本県においても平成に入った頃、生徒の質が大きく変わったと指摘されることが多くなりました。指摘された内容は、日常の行動そのものが子どもっぽく、常識が通用しにくい。さらに大学に進学しても、「自分が考えていた大学と違う」と簡単に大学を辞める生徒が増加しているなどといったことでした。このような現実に直面して、従来の教科指導を主眼とした指導だけでは、生徒の能力を十分に伸ばすことはできないという先生方の認識が強まったように思います。そこでキャリア教育の在り方が模索され始めたのです。
宮原 本校は三部制(午前・午後・夜間)による単位制高校ですが、生徒の自主性を重視していることから、課外授業の実施や模擬試験、その他一切の取り組みについて、あえて強制はしていません。そのため、通常の高校よりも生徒の進路意識や進路発達の状況など、生徒の実態がより鮮明に分かります。本校は97年開校ですが、最初の3年間を運営する中で、進路意識の発達が不十分な生徒がかなりいることが分かり、これに対応するべく様々な取り組みを実施してきました。
高田 学力に応じて大学とのマッチングを図る従来の「進学指導」を転換すべき時に来ているのでしょうね。
 
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