ベネッセ教育総合研究所
ナレッジの継承 生徒とのコミュニケーションづくり
野津 孝明

島根県立松江南高校
野津 孝明
Notsu Takaharu
教職歴16年目。同校に赴任して12年目。公民担当。03年度は1年担任を務める。

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現状を打開するヒントとノウハウ ナレッジの継承(1)
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生徒とのコミュニケーションづくり
「先生!こないだ見た映画すごく良かったです」「最近、集中力を付けようと思って書道を始めたんです」。松江南高校の野津孝明先生の周りは、いつも心の内を聞いてもらいにくる生徒で一杯だ。生徒とのコミュニケーション不足に悩む教師が多い中、なぜ野津先生の周りには生徒が集まってくるのだろうか。その秘密はどうやら、学級日誌にあるようだ。


生徒の本音を引き出すツールとしての学級日誌
 クラス全体が白けている。生徒にいくら話し掛けても本音を語ってくれない――。クラス運営に真摯に取り組む教師ほど、このような悩みに直面することも多いのではないだろうか。野津先生も、10年ほど前にこのようなジレンマに直面した教師の一人である。
 「生徒と接触する機会を増やそうと、個人面談の回数を極力増やしていたのですが、面談と聞いただけで萎縮してしまう生徒や、過度に自分を飾ってしまう生徒が少なくありませんでした。これでは進路指導や学習指導以前に、生徒一人ひとりのメンタリティーをつかむことができません。クラス担任としてより良いクラスづくりをするために、何か良い方法はないかと模索しました」
 野津先生が試行錯誤の末にたどり着いたのは、コミュニケーションツールとして「学級日誌」を活用することだった。「学級日誌」と言えば、その日の日直が事務的に記入して放課後に提出…というスタイルが一般的だが、野津先生のクラスの学級日誌には、なぜか文字がびっしり。しかも、その内容たるや、感動した映画について熱っぽく語ったものから、クラスの友人に宛てた忠告まで、いわゆる「本音トーク」が満載なのである。
 「これを見ると、生徒個々人の内面はもちろん、クラスの雰囲気や、さらには人間関係まで見えてきます。また、面談の際の話のきっかけにもなりますから、私にとっては生徒理解のためのかけがえのないツールですよね」


提出日を翌朝にし、生徒相互のコミュニケーションも図る
 生徒たちが本音を書き込む学級日誌を作る――。この目的を達成するため、野津先生は学級日誌の書式・運用にある改良を加えている。すなわち、自由記述欄を充実させると共に、日誌の提出期限を翌日の朝に設定しているのだ。特に後者については、深い意味が込められているという。
 「多くの学校では、学級日誌を放課後に書かせていると思います。しかし、これでは部活や勉強に忙しい生徒が、内容のある文章を書くのは困難です。そこで、提出期限を日直を担当した日の翌朝にしました。これなら家に日誌を持ち帰ることができるので、自分の考えをじっくり整理できますよね。生徒たちだって、本当は友人や教師のことをもっと知りたいんですよ。前の日直や教師のコメントにもしっかり目を通して、自分の意見を書けるようにしてあげたかったんです」
 一方、4月の始業式に日直となった生徒が書く内容は、その後の日誌の盛り上がりに大きな影響を与える。そこで野津先生は、学級日誌を初めて書く生徒には、そっと「きみが基準になるからね」と伝えておくのだそうだ。
 「最初の生徒があまりにも少ししか書かないと、日誌が盛り上がるまでに時間が掛かってしまいます。無理強いはしませんが、最初に日誌を書く生徒にそれとなく意識付けを図ります。まだ実際に試したことはないのですが、あまりにも日誌が盛り上がらない場合は、教師が書き込んでもいいんじゃないかと思います。うまく日誌のムードづくりをしていくことが担任の役割だと思っています」
 こうした工夫が奏効し、「××君が日誌に書いていた事だけど、僕はこう思う」「××さんの悩みはこう解決したらいいと思う」といった会話が、学級日誌が2巡目に入る頃には当たり前になってくる。時には「○○さんと××さんが喧嘩しているので、先生が間に入ってあげてください」といったメッセージが書かれることもあるそうだ。野津先生はこうした書き込みに注意を配り、ホームルームでの講話や面談、生徒との何気ない会話のきっかけにまでフル活用している。生徒の本音を知り、それに教師も本気で応えるという好サイクルが、学級日誌を軸に成立しているわけだ。
 「クラス替えが近づく年度末になると『このクラスでもう一年やりたいな』という声が必ず日誌に見られるようになるんです。この言葉が出てくると、『今年のクラス運営もある程度うまくいったかな』と実感できますね」
 メールやインターネット全盛の時代にあって、一見使い古されたかに見える「学級日誌」というツール。だが、そこには生徒とのコミュニケーションを生み出す力が、まだまだ眠っているようだ。


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