未来をつくる大学の研究室 神経内科学

水澤英洋

水澤英洋 教授

みずさわ・ひでひろ
1952年生まれ。東京大医学部卒。東京大医学部神経内科助手、筑波大臨床医学系神経内科助教授などを経て、現在、東京医科歯科大医学部医学科長。21世紀COEプログラム「脳の機能統合とその失調」の拠点リーダー。 厚生労働省の脳科学研究、心の健康科学、長寿科学、ヒトゲノム・再生医療等プロジェクトリーダーも務める。主な著書に『脊髄小脳変性症のすべて』(日本プランニングセンター)、『神経・筋疾患のとらえかた』(文光堂)など。

*本文中のプロフィールはすべて取材時(07年3月)のものです

VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
  PAGE 1/6  次ページ

未来をつくる大学の研究室 07
最先端の研究を大学の先生が誌上講義!

東京医科歯科大大学院 医歯学総合研究科 脳神経病態学
神経内科学

脳や神経に関係する病気には、治療法の見つかっていない難病といわれる病気が多くある。
原因すらもわからない、脳や神経の病気とは一体何か。なぜ完治する方法が見つからないのか。
医療の最先端で活動しながら、難病の解明に挑み続ける水澤英洋教授に話をうかがった。

神経内科学って?

脳や神経の病気の原因を探り、治療法を開発

脳や神経が冒されることでかかる病気には、頭痛や手足のしびれといっただれもがなりやすい病気から、アルツハイマー病や筋ジストロフィーといった治療法が解明されていない難病まで、300種類以上あるといわれる。ここ十数年で分子・遺伝子レベルの研究が飛躍的に進歩したことにより、脳と神経の病気の機序も解明されつつある。このように、神経系の病気の原因を突き止め、治療法を開発するのが神経内科学だ。原因となる遺伝子を特定し、治療薬を開発する研究が急ピッチで進んでいる、注目の分野である。


教授が語る

徐々に脳や体の機能が奪われる難病の治療法を見つけ出す

水澤英洋 教授

神経内科学との出合い
脳や神経の病気は原因を探る手がかりも残さない

  どんなに科学技術が進歩しても、原因も治療法もわかっていない病気があります。脳や神経の病気にもそのような病気がたくさん含まれています。
 私が医師になったばかりのころの1970年代は、がん(※1)の研究が盛んに行われていました。がんは、細胞が異常に増殖することによってかかる病気で、日本人の死亡原因の第1位です。患者が多いということは、症例数も多い。増殖した細胞という証拠が残っていますから、その原因や治療法も比較的研究しやすいと言えるのです。
 脳や神経の病気は、神経細胞(※2)が傷ついたり死んでしまったりすることで、体の機能が低下する病気です。症状が比較的軽いものは頭痛です。また、脳卒中は頻度も高く、軽症から重症まで病状はさまざまです。症状が重くて難病といわれる病気には、パーキンソン病(※3)筋ジストロフィー(※4)があります。神経細胞や筋細胞が段々消えてしまうことで筋肉を動かせなくなり、歩くことも話すこともできなくなってしまうのです。これらの病気は、がんとは違って、目に見えないところで徐々に病状が進行していきます。そして、病気の原因の手がかりとなる神経細胞が消えてしまうため、研究が非常に難しいのです。また、例えばALS(筋萎縮性側索硬化症)(※5)の発病率は10万人に4~6人といわれているように、症例数が少ないために研究が進みにくい面もあります。
 脳や神経の難病には、原因すらつかむことが難しく、これらの病気と診断されたら、ほぼ死が約束されたも同然のものがあります。この難攻落の不治の病を何とかしたい。目の前で病気に苦しむ患者の役に立ちたい――。その一心で、私は神経内科学の世界に進んだのです。

用語解説
※1 がん  がんは、細胞が異常に増えて大きな塊(腫瘍)となり、正常な細胞の機能を奪う病気。手術で腫瘍を切り取ったり、薬を投与して細胞が増えるのを抑制したりする治療法がある。早期発見・早期治療により、完治も可能となった。
※2 神経細胞  外部からの刺激や脳からの情報を、別の細胞に伝えるという情報処理に特化した機能を持つ細胞。別名、ニューロン。
※3 パーキンソン病   脳の中の神経伝達物質であるドーパミンが減少することにより、運動機能が損なわれる病気。手足が震えたり、体の動きが鈍くなったりする。主に成人に発病する。
※4 筋ジストロフィー  筋肉が萎縮し、その機能を失っていく病気。最初は歩行が困難になり、次第に筋肉の機能が低下する範囲が広がっていく。遺伝子の変異により起こることがわかっている。主に子どもに発病する。
※5 ALS(筋萎縮性側索硬化症)   運動に関係する神経が冒されて、筋肉が段々動かなくなる病気。手や足を動かすこと、話すこと、食べることができなくなっていく。呼吸が困難になった場合、人工呼吸器をつけることもある。ただ、感覚や自律神経、思考の機能が損なわれることはほとんどない。
写真
写真1  東京医科歯科大では、脳や神経に関係する分野の研究成果を統合して更に脳の機能を解明しようと、各分野の専門家が集まり、プロジェクトが進行中だ

  PAGE 1/6  次ページ