その後、半世紀の研究生活で、ラットを使った人工的な胃がん発生や、魚の焦げから発がん性の物質を発見するなど、私はがん細胞の仕組みに関する世界初の研究成果をいくつも上げることができました。それは私が、研究者としての運と、私を信じてついてきてくれる若い研究者に恵まれたからであり、そしてその瞬間瞬間の自分の好奇心を大切にしてきたからだと思います。
10年ほど前ですが、蝶画をつくるために集められたモンシロチョウの幼虫がたくさん余ったと聞いて、それを実験に利用できないかと考えました。チョウが幼虫から成虫へ変態する過程で、細胞を入れ替えるために、特定の細胞を自殺に導く物質が働いているのではないかと考えたのです。そこで幼虫の体液を集め、胃がんの細胞にかけたところ、何とがん細胞が死んでしまったんです。チョウの幼虫とがん細胞が関係があるなんて、本当に偶然の思いつきでした。でも、だれもやったことがないのだから、その成果だってだれにもわかりません。そして実際、がんの治療を大きく進める可能性を手にしたのですから、未知への挑戦はやはりとても価値があり、面白いものだと思うのです。
わからないことは、世界にはたくさんあります。ラットのたった1個の受精卵が、分裂を繰り返してわずか20日で1グラムになり、脳や心臓のある個体になっていくことに、私は今も感動します。目の前の生命の不思議さ、面白さにぜひ目を向けてみてください。
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