高校生活では、体育の授業や部活動などで運動する機会は多いと思います。では、皆さんはなぜ運動をするのでしょうか。体を鍛えるため?すっきりした気分になるから? 体がなまるから? 運動は人の筋肉だけでなく、脳や神経、心などにさまざまな影響を与えます。それを科学的に解明して客観的なデータを示すのが運動生理学の役割なのです。
高校時代の私は、陸上部に所属する短距離の選手で、0.1秒でもタイムを縮めることに夢中でした。当時はとにかく走り続けたり、とにかく筋力トレーニングに励んだり、いわゆる「根性論」による練習が主流の時代です。科学的な根拠に基づくトレーニングではありませんでした。私は高校生なりに「もっと効果的なトレーニング方法があるのではないか」と疑問を持ち、「運動能力が発達するプロセスを研究したい」と思ったのが、運動生理学の道に進んだきっかけです。 当時の運動生理学では、筋肉や最大酸素摂取量(※1)などの研究が主流でした。運動の種類や強度、継続時間といった多様な条件を変えることにより、筋力や最大酸素摂取量はどのように変化するかを調べるのです。こうした研究は運動能力の発達過程の解明には非常に重要で、注目もされていました。しかし、私が興味を持ったのは、当時はあまり注目されていなかった別のテーマでした。それは、「運動能力と脳との関係」です。
運動能力が高い人は、何が優れているのでしょうか。例えばサッカーでは、足が速い、ボールを扱う技術が高いなどの身体的な能力に加え、どのタイミングでだれにパスを出すのか、どのポジションに移動するのかといった思考力や判断力が求められます。これは脳の働きにほかなりません。
「運動神経が良い・悪い」という表現が一般に用いられていますが、正確にいうとこれは誤りです。運動神経とは、筋肉の動きを指令する信号を伝える神経を指します。しかし、その信号を出すのは脳ですから、運動能力の良し悪しは、神経よりも脳の働きに大きく影響されるのです。
実際、テニスの上手な人と下手な人の筋肉の動きを筋電図で測定すると、上手な人は最低限必要な筋肉しか動かしていませんが、下手な人は不要な筋肉まで動かしてガチガチになっていることがわかります。これも、脳から出される指令の違いによるものです。 |