未来をつくる大学の研究室 運動生理学

西平賀昭

西平賀昭 教授

にしひら・よしあき
1951年生まれ。筑波大大学院人間総合科学研究科教授。 現在、体育科学専攻長。研究テーマは、脳電位、誘発電位および筋電位を用いての 運動制御に関する研究。筑波大大学院博士課程体育科学研究科修了、学術博士。 82年、西南女学院短期大助教授に就任、その後、徳島大教養部教授、 筑波大体育科学系助教授などを経て、02年度から現職。 02年度から同大の文部科学省COEプロジェクト拠点リーダーとなる。

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未来をつくる大学の研究室 12
最先端の研究を大学の先生が誌上講義!

筑波大大学院 人間総合科学研究科 体育科学専攻
運動生理学

健康の維持や増進を図るには、どのような運動が有効なのだろうか。
また、運動能力を効果的に高めるスポーツトレーニングの方法は、どう導かれるのか。
脳と運動能力との関係を中心に研究を続ける西平賀昭教授に、運動生理学の最先端の研究についてうかがった。

運動生理学って?

運動による身体の変化を探る

運動によって、身体にはどのような変化が生じるのか。その仕組みを研究する学問が運動生理学だ。運動に定義される範囲には、スポーツはもちろん、日常生活における行動や労働なども含まれ、研究対象は筋肉だけでなく、脳や神経、心など、体中の各部位や現象を含む。研究成果は、運動プログラムの開発に生かされ、学校現場や医療現場で広く活用されるなど、運動の側面から国民の健康の維持や増進を図る上での科学的根拠となる。スポーツ選手のトレーニング法の開発にも、運動生理学のデータは欠かせない。


教授が語る

運動が身体と心に及ぼす
影響を解き明かす

西平賀昭 教授

運動生理学との出合い
陸上部の経験から運動能力の発達過程に関心

 高校生活では、体育の授業や部活動などで運動する機会は多いと思います。では、皆さんはなぜ運動をするのでしょうか。体を鍛えるため?すっきりした気分になるから? 体がなまるから? 運動は人の筋肉だけでなく、脳や神経、心などにさまざまな影響を与えます。それを科学的に解明して客観的なデータを示すのが運動生理学の役割なのです。
 高校時代の私は、陸上部に所属する短距離の選手で、0.1秒でもタイムを縮めることに夢中でした。当時はとにかく走り続けたり、とにかく筋力トレーニングに励んだり、いわゆる「根性論」による練習が主流の時代です。科学的な根拠に基づくトレーニングではありませんでした。私は高校生なりに「もっと効果的なトレーニング方法があるのではないか」と疑問を持ち、「運動能力が発達するプロセスを研究したい」と思ったのが、運動生理学の道に進んだきっかけです。
 当時の運動生理学では、筋肉や最大酸素摂取量(※1)などの研究が主流でした。運動の種類や強度、継続時間といった多様な条件を変えることにより、筋力や最大酸素摂取量はどのように変化するかを調べるのです。こうした研究は運動能力の発達過程の解明には非常に重要で、注目もされていました。しかし、私が興味を持ったのは、当時はあまり注目されていなかった別のテーマでした。それは、「運動能力と脳との関係」です。
 運動能力が高い人は、何が優れているのでしょうか。例えばサッカーでは、足が速い、ボールを扱う技術が高いなどの身体的な能力に加え、どのタイミングでだれにパスを出すのか、どのポジションに移動するのかといった思考力や判断力が求められます。これは脳の働きにほかなりません。
 「運動神経が良い・悪い」という表現が一般に用いられていますが、正確にいうとこれは誤りです。運動神経とは、筋肉の動きを指令する信号を伝える神経を指します。しかし、その信号を出すのは脳ですから、運動能力の良し悪しは、神経よりも脳の働きに大きく影響されるのです。
 実際、テニスの上手な人と下手な人の筋肉の動きを筋電図で測定すると、上手な人は最低限必要な筋肉しか動かしていませんが、下手な人は不要な筋肉まで動かしてガチガチになっていることがわかります。これも、脳から出される指令の違いによるものです。

用語解説
※1 最大酸素摂取量 単位時間内に体内の組織が酸素を取り込む最大量を指す。この値が高いほど、エネルギーを多く生産できるため、疲れにくく、長時間・高負荷の運動が可能になる。

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