2008年春、岩手県北部・三陸沿岸に位置する人口約4万人の久慈市に驚きが広がった。地元・久慈高校から18年ぶりの東京大現役合格者(理科Ⅰ類)と初の京都大現役合格者(法学部)が出たのだ。
久慈市は交通の便が悪く、基幹産業があるわけでもない。大学受験のための予備校や塾もない。同校の生徒が自宅から通える大学は、隣接する青森県八戸市内にあるだけだ。経済的に厳しい地域だけに、「国公立大が無理なら就職してほしい」という保護者の思いも根強くある。だからこそ、「勉強でも部活動でも、この地域の生徒の意欲に応えたい」と、同校に赴任した教師は皆、そうした思いを強く抱き続けてきた。
しかし、地元中学校の成績最上位層は、東京大や医学部といった最難関大の合格実績が高い盛岡市内や八戸市内の進学校へ進むのが当然という状況だった。それでもここ十数年、同校は国公立大に1997年度(卒業年度)の100名を最高に60~80名前後が現役で合格している。佐藤隆一先生は「都市部の進学校とは違い、県の平均かそれ以下の学力で入学してくる生徒を、先生方は土日も休まず手塩にかけて指導し、生徒の進学希望に応えてきました」と話す。
一方、東北大の合格者は05年度から2年連続してゼロ。成績上位層を引き上げる指導力に課題があった。
「先生、うちの子を久慈高に入れたら、医学部に進学させられますか」 かつて、中学生の保護者からそう問いかけられた中田裕治先生は、「はいともいいえとも言えず、十数年前に医学部に合格して医師になった卒業生がいるという事実しか伝えられませんでした。結局、その生徒は盛岡市内の進学校に進み、国立大医学部に入ったようです」と、無念さをにじませる。寒河江(さがえ)和広先生も「久慈高に入ってもどうせだめだ、と言われるのが一番悔しい」と語る。
県北・沿岸地域の振興策は県政の重要課題でもある。岩手県教育委員会主催の「県北・沿岸地域人材育成支援事業」の一環として、同校の副校長は特別増員で2名体制となり、06年度に坂本晋(すすむ)副校長が着任。07年度には鈴木晃彦(てるひこ)副校長が着任した。共に県内トップの進学校・岩手県立盛岡第一高校の進路指導主事経験者というテコ入れ策だった。
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