教える現場 育てる言葉
VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
  PAGE 4/4 前ページ

〝これでよし〟はない

 生徒募集の時期には、12名の定員の10倍以上もの希望者が集まる。年代も前職も実にさまざま。「今の日本社会がすごく反映されている気がしますね。〝物づくりでご飯を食べたい〟という人や、デジタルなものに不安を感じてアナログに惹かれたという人。〝どうしていいか分からないけど、何かできそうな気がして〟という人も(笑)」。
 現在、選考は適性検査と面接・実技試験の二次にわたって行われている。問われるのは、時計修理に関する知識や技術というよりも、物の見方や考え方、さらには時計技術者の厳しい世界に足を踏み入れる覚悟があるかどうかだ。基準に到達する者がいない場合は無理に定員を満たすことはしないといい、08年度も入学を許可されたのは11名のみだった。
 これまで、面接で何百人という若者を見てきた羽立さんは、現在の学校教育に関してもしばしば疑問を感じるという。「理論的に物を見たり、考えたりする力が欠落している人が非常に多いように感じます。今の学校では、何を学ぶにしても、〝なぜそうなのか〟という部分を考えないからじゃないでしょうか。入学後の生徒と接していても、『どうしてそこで〝なぜ?〟って考えないの』ということが多いですね」。
 東京ウォッチテクニカムの教育において、何よりも重視されるのは「自主性」である。「何かあれば誰かが助けてくれる」といった考えは一切通用しない。「ここでは、誰も何もしてくれませんから」と羽立さんは笑う。
 例えば、授業には決まった時間割がなく、課題を終えた生徒は次々に先へ進んでゆく。取り残されて焦っても、誰かが何かをしてくれるわけではない。教師はあくまでアドバイスをするのみ、やるのは自分でしかないのだ。
 さらに、授業についていけていない生徒に対しては、容赦なく退学を勧告する。「時計技術者の道がその人に合わないのであれば、早く次の道を見つけた方がその人のためによい。『このままじゃあなたはだめ。物事の見方、考え方を変えるか、退学か、どっち?』とズバッといいます」。
 また、押しつけの就職斡旋も一切行わない。「自分の人生だから、自分が仕事をしたい所で仕事をしなさい」というのが基本方針だ。「だから、〝自分〟がない子はなかなか就職が決まりません。周りが決まり出して焦ってから、やっと〝どうしよう〟と考え始める。そんな時も〝どうしなさい〟とはいいませんね。どうしたらいいのか、自分で考えさせ、結果が出せるように導きます」。
 そうした、否応なく自分と向き合わなければならない環境の中で、生徒たちは、理論的な物の見方や考え方、そして自分で決めて行動する力といったものを、叱咤激励されながら身に付けてゆく。「でも、そういったことは本来、何にでも通じることですよね。私たちはたまたま時計というものを媒体にしていますが」と羽立さんがいうように、一流の時計技術者を育てるということはまた、世界に通用する、一流の「ひと」を育成するということでもあるのだろう。
 「最終的には、時計業界のリーダー的存在になれるような人材を育てたい。でも、そう簡単にはいきません。日々努力ですね。学生がではなくて、まず私たちが。まだまだ発展途上の段階なんです」という羽立さん。「このプロジェクトに〝完成〟はない」――その思いは、今も変わらない。現在進行形で、試行錯誤と真剣勝負の日々が続く。

  PAGE 4/4 前ページ