未来をつくる大学の研究室 幹細胞医学
岡野栄之

岡野栄之 教授

おかの・ひでゆき
慶應義塾志木高校・慶應義塾大医学部卒業。医学博士。 主な研究領域は分子神経生物学、発生生物学、再生医学。米国ジョンス・ホプキンス大学 医学部研究員、大阪大医学部神経機能解剖学解剖学研究部教授等を経て、現在、 慶應義塾大医学部生理学教室教授。医学研究科委員長。グローバルCOEプログラム 拠点リーダー。北里賞、塚原仲晃記念賞(ブレインサイエンス振興財団)、 日本医師会医学賞(日本医師会)、文部科学大臣表彰・科学技術賞など受賞歴多数。

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未来をつくる大学の研究室 17
最先端の研究を大学の先生が誌上講義!

慶應義塾大 医学部 生理学教室
幹細胞医学

さまざまな神経細胞へ分化する神経幹細胞は、再生医療の有力な手段の一つであり、
がんや特定の神経細胞が徐々に死んでいく変性疾患などの難病と深いかかわりがある。
慶應義塾大医学部の岡野栄之教授のグループは、幹細胞のメカニズムの解明と難病治療への応用を目指している。

幹細胞医学って?

幹細胞からすべての医学にアプローチする

幹細胞とはあらゆる細胞の元になる細胞で、自己複製能力を持つことから再生医療に欠かせない細胞として注目を集めている。近年の研究では、幹細胞の制御系の破綻が、がんや変性疾患などさまざまな難病と深いかかわりがあることが明らかになった。幹細胞のメカニズムの解明は、多くの疾患の根本的な治療法の開発につながる可能性を秘めている。岡野教授の研究チームは、一連の研究を幹細胞から医学全体にアプローチするという意味で「幹細胞医学」と名付け、学問分野として確立させようとしている。

教授が語る

神経幹細胞のメカニズムを解明し
難病の克服に挑む

岡野栄之 教授

研究のきっかけ
がん研究から
未知の領域である幹細胞研究に転換

 私の研究室では中枢神経系(※1)の発生と再生について研究しています。神経系を構成するニューロンやグリア細胞などの物質は、共に神経幹細胞(※2)と呼ばれる細胞から生まれます。この仕組みを知ることによって、脳の発生メカニズムを明らかにし、脳梗塞やアルツハイマー病といった神経系の疾患・損傷の新しい治療法の開発に役立てることを目指しています。
 私は、研究者を志した当初から、神経系の研究をしようと考えていたわけではありません。学生時代はがん研究を主なテーマとして取り組んできました。博士課程に進んでからも研究を続けるつもりでしたが、最終学年のとき、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究グループが発表した研究を見て愕然としました。わずか一つの塩基置換(※3)で、だれもが持っている正常な遺伝子ががんを起こす遺伝子に変わってしまうという論文でした。ここまで研究が進んでいる分野で、それを上回る成果を上げることは難しいと考えたのです。
 そこで、私は当時国立がんセンター研究所の所長だった杉村隆先生を訪ねて、お話をうかがうことにしました。私としては、がんの基礎研究の興味深さを説かれ、「それほど関心があるのならがんセンターに来たまえ」と言ってもらえることを内心期待していました。しかし、杉村先生は「私はいつも人がしないことをしようと決めてきた。がんの基礎研究をしようと思ったのも、だれも手を付けていない分野だったからだ」と話されました。
 最終的に、私は神経の研究を選びました。杉村先生のように、だれも選ばない道を進もうと考えたのです。先のMITが発表した論文に見られるように、当時、分子生物学(※4)を使ったがん研究はかなり進んでいました。一方、神経系において重要な遺伝子の研究は、ほとんど進んでいませんでした。神経の伝達物質や受容体の機能だけではなく、神経そのものがどのように受精卵からできるのかという、神経の発生のメカニズムに興味を抱いたのです。

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用語解説
※1 中枢神経系 動物の活動を制御する神経の集まり。脊椎動物では脳や脊髄にあたる。実際に情報を伝達するのがニューロン、その働きを支えるのがグリア細胞。
※2 神経幹細胞 ニューロンやグリア細胞へ分化する細胞をつくる能力を持つ幹細胞。「自己複製」「多分化」「損傷した組織の修復」の三つの基本的性質を持つ。
※3 塩基置換 DNAを構成する塩基がほかの塩基に置き換わること。
※4 分子生物学 生物や細胞の作用を分子レベルで解明していく学問分野。生物の全体像を把握する上で必須領域とされる。

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