私が特に興味を持ったのはサンスクリット語の語彙の広がりです。この言語は語彙が極めて豊富で、一つの事柄を表すのに多様な語彙があります。例えば「太陽」を表すのに「万物を育むもの」「人の行いを監視しているもの」など108の語彙があります。また、一つの語彙が同時にたくさんの意味を持っています。私はインドの二大叙事詩の「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」に出てくるtapas(苦行)という語を全部集めて整理してみました。すると古代インドの苦行の目的や実態が明らかになってきました。
私は生来鈍感で人より理解が遅かったので、人一倍じっくり時間をかけて原典を読む必要がありました。丁寧に取り組んだからこそ、他人の気づかない事に疑問を持つことが出来たのです。また、途中で頭が混乱してしまうので出合った語彙を一つずつカードにまとめました。このカードは40年で30万枚にも達しましたが、論文に利用したのはその中の20分の1にも及びません。思えば能率の悪い作業の連続ですが、こうした気の遠くなるような作業を積み重ねることが出来たのは、常に好奇心と根気を失わなかったからでした。
これまでの経験を通して伝えたいことは、第一に国語を大事にすることです。国語を大事にしない人は外国語も粗末にします。第二になるべく一流の芸術品に接して常に「本物」への感動を大事にし、研究に精進することです。対象に体当たりして問題の所在を見つけるには「理性」よりも「感性」の方が大事ではないかと思うことがあります。そして第三に「一期一会の縁」、人との出会いを大事にして、常に相手から学ぶ姿勢を忘れないことです。これまで私が壁にぶつかりながらも何とか勉強を続けられたのは、良き師友に恵まれていたからです。
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