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「ゆとり教育」から「基礎基本の徹底」へ教育政策の大転換と現場の混乱
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「ゆとり教育」から「基礎基本の徹底」へ。教育政策の大転換と現場の混乱
 今、日本の教育が大きく変わっていく過渡期で、学校現場はいちばんやりにくい時期だろうと思っています。
 おおざっぱに言うと、2000年までが「ゆとり教育」でした。新学習指導要領も、あるいはいろんな学校教育の仕組みも、「ゆとり教育」をいっそう推進するということで準備されてきたわけです。
 ところが2001年の1月、文部省と科学技術庁が合併して文部科学省になり、これを機会に国の方針が「基礎・基本の徹底」という180度違う方向に変わったわけですね。
 政策を転換するにきっかけになったのは、2000年の12月に「教育改革国民会議」という内閣総理大臣の私的諮問機関が出した「教育を変える17の提案」です。
「ゆとり教育」もきわめて問題だったし、「基礎・基本の徹底」も、今になって考えるときわめて問題です。
「ゆとり教育」の問題は、「子どもたちは勉強で疲れ果てている」という認識が土台になって、「教え込みをやめよう」とか、「子どものいいところだけを見よう」とか、もっと言うと、できるだけ楽なこと、楽なことをさせてきたことです。
「楽しい学校」「楽しい授業」と「楽な学校」「楽な授業」というのは違うのですが、それを混同された論議、薄っぺらな素人論議が教育現場にまで入り込んでしまった。それを煽ったのが行政関係者と多くの教育学者でした。
 もちろん、「ゆとり教育推進」の最中でも、現場の良心的な方々は、「これでいったいどうなるのだろうか」とか、「単なる支援でなくきちんとした指導をしなければ、子どもに力がつかないし、子どもたちがきちんと学校で規律を学んでいくことができない」と危機感を持っていましたが、しかし、大きな流れは変えられなかった。
 ところが、2001年1月6日、文部科学省が発足したとたんに、てのひらを返したように、「『ゆとり』が『ゆるみ』になっている」とか、あるいは「『子どもの自発性・自主性を尊重する』という名目の下に指導の放棄がみられる」とか、あるいは「基礎・基本の徹底がなければ本当のゆとりはない」とか、当たり前といえば当たり前ですが、しかし、それまで言ってきたことと180度違うことが、国の文教政策のいちばんの中枢から繰り返し繰り返し発信された。また、都道府県の教育委員会へ何度も指導がなされた。都道府県もそれを受けて市町村に下ろしていきました(ただし、行政そのものは大艦巨砲ですから、2001年からの2年間、中央で「基礎・基本の徹底」と言っていたにもかかわらず、小学校・中学校の現場にどこまで届いたかというと、難しいのですが…)。
 しかしながら、あまりにも急激な転換だったので、現場には、「何か変わったらしいぞ」、あるいは「このままではいけないらしいぞ」という不安が大きく広がり、結局、非常にインフォーマルに、極端な方向に走るということが出てきてしまいました。
 この典型が、「百ます計算」を重視するようなやり方です。もちろん、「百ます計算」の提唱者の陰山先生が悪いわけじゃない。私は今年の1月から2月に、兵庫県朝来町の講演会に招かれまして、百ます計算で評判になった山口小学校にも行きました。そこで校長先生や陰山先生とも懇談したんですが、「山口小学校というのは朝から晩まで百ます計算ばかりやっているようにNHKで放映するものだから、そういう思い込みで全国から見に来られる。もう困ってます」とおっしゃっていました。例えば、「山口小学校は教材だけで基礎・基本の徹底をやっているんですか」「どういう教材を使ったらいいんですか」というような、まあ、山口小学校の考えとは大きく違う質問が相次ぐというわけです。
「百ます計算は別に学校ぐるみでやっているわけではないし、総合的学習も大事にしてきたし、理科、社会、あるいは国語も含めて、ドリルでは身につかない基礎・基本の力を授業のなかでつけるということを大事にしてきたつもりだ。それをだれも一顧だにしてくれない」と校長先生は嘆いておられました。
 そして陰山先生も、「ぼくだって一生懸命に総合的学習の工夫もしてるんですけど、だれも見てくれない。百ます計算の部分ばかりに目がいく」と愚痴をおっしゃっていました。
 現場が不安に駆られてきますと、極端から極端へいく。「ゆとり教育」のときには、児童・生徒が何をしても一切注意をしない、一切教えもしない。自分たちで自分たちなりにやってくれればいい…のような、とんでもない放任教育が一部に見られましたが、今度はてのひらを返したように、「百ます計算」や「ドリル学習」のような反復学習ばかりをする学校が出てきてしまった。
 
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