VIEW21 2000.12  指導変革の軌跡 福岡県立武蔵台高校

 黒板に大きく描かれた顔の絵。一直線な右眉と、なだらかなカーブを描いた左の眉……。
 「眉の描き方一つでも、どこにポイントを持ってくるかで、随分印象が変わるでしょう? どういうラインを引けば、どんな印象になるか。美容師はそれをまず知らなくてはいけない。もちろん、実際にきれいなラインを引く技術を身に付けることも必要です」
 教壇から微笑みかける“先生”に、生徒も照れくさそうに笑顔で応える。自分の眉に手をあてて、角度を確認している女子生徒もいる。教壇に立っている“先生”は、九州の理美容業界では有名な美容室の若き経営者だ。生徒にとっては、テレビや雑誌で活躍する「憧れのカリスマ美容師」。先生は自分がどうして美容師になりたいと思ったのか、どこで何を勉強したのか……。そんな体験談に加え、仕事を取り巻くシビアな現状にも触れる。
 「成功すれば30歳前でも月100万円の収入が得られます。でも、全員がそうなれるとは限りません。やはり、成功する人は徹底的に勉強している。プロの世界は弱肉強食。一流になるには努力とお金と時間が必要です」
 隣りの教室では、机をコの字型に並べて、和気あいあいと話が進んでいた。真ん中に座っているのは、地元の保育園に勤める保育士の先生。
 「みんな、子どものとき、どんな手遊びをしていた? 子どもとコミュニケーションするためには、遊びをたくさん知っていることも大切なの。ちょっと鉛筆を置いて、やってみて」
 一方、男子生徒ばかりが集まった教室では、制服を着た警察官が自分の日常業務について説明している。調理室では、有名レストランのシェフが修行時代の苦しさを語っている……。
 これらは、10月のある土曜日、武蔵台高校で第1学年を対象に行われた「キャリアワークショップ」での風景だ。

様々な職業に
従事する人たちの話を直接聞くことで、働くことの現実を知り、自分の進路を考えてほしい。この「生徒の進路観を育成すること」を目的として行われている「キャリアワークショップ」。この日、招かれた講師は19職種21人(26ページ参照)。事前の希望調査で興味のある職種を選んだ生徒たちは、16の分科会に分かれ、50分間、職場の第一線で働く人たちの話を聞く。
 「生徒が思い浮かべる職業は、単なるイメージでしかない場合が多いんです。知っている職種も、テレビドラマやCMで見た職業をいくつか挙げるくらいです。『親がどんな仕事をしているのか分からない』という生徒も少なくありません。そんな生徒たちに、今日の話はとても良い勉強になったことでしょう」と、進路指導主事の寺下登先生は話す。
 武蔵台高校が初めて「キャリアワークショップ」を実施したのは'99年度のこと。当時第1学年の担当で、この企画を中心となって進めた庄山健一先生は実施の背景をこう語る。
 「一昔前まで、高校の進路指導は『大学受験に受かること』だけが目的で、“職業観”を育成しようという意識は低かったのではないでしょうか。しかし、最近は少子化の影響で大学に入ること自体は、易しくなってきています。しかも、名前だけでは何を学ぶのか分からないような学科もあります。そんな中、生徒に”ただ何となく“ではない進路選択をさせるには、まず将来の職業を考えた上で、志望する大学・学部・学科を決めるということが大切です。そのために、1年生のうちから職業について考えるきっかけを与えたいと思ったのです」
 まず、地元の中学校で行っている同様の行事をヒントに、社会人を講師として高校に招くという形式に決めた。どんな職種の人の話が聞きたいか、生徒からのアンケートで講師を依頼する職種を大まかに決め、教師が手分けをし、あらゆるつてをたどって講師を探す。快く引き受けてくれる方もいるが、交渉が難航する職種もある。講師が見つからず、実施を断念した職種もあった。今年度「キャリアワークショップ」の実務を担当した端野隆之先生と川崎有紀先生は「一番頭を悩ませたのは講師探し」と言う。
 「最初は保護者に協力をお願いします。保護者ご自身でもいいし、勤務先を紹介してくださってもいい。ただ、それでは数名しか了承していただけなかったので、次に地域の方々に協力をお願いしました。私たちが警察や郵便局に直接訪問して主旨を説明しています。地域に開かれた学校づくりを目指す本校としても、地域にどんな方が働いているのか、生徒が知ることは大変望ましいことです」(端野先生)
 「講師の方が全員決まるまでに約3か月かかりました。本校に長く在籍されている先生から教え子に連絡していただいて、講師を依頼するケースも多くありましたね」(川崎先生)

写真 社会人の講義
生徒に分かりやすいようにと、黒板を使ったり、説明を書いた模造紙を用意した講師もいた。熱が入るあまり、予定時間を大幅に超えて終了した分科会もあった。



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