VIEW21 2002.10  創造する 総合的な学習の時間

進路意識の向上に地域研究を生かす

 北上高地の懐深くに抱かれた岩手県遠野市。柳田国男の「遠野物語」の舞台としても有名なこの地の伝統校である遠野高校は、1999年に県の研究開発校に指定されたことをきっかけに「総合学習」に取り組み始めた。取り組みの内容は「遠野学」と名付けたいわゆる地域研究。生徒たちは「環境・自然」「福祉・健康」「情報」「国際理解」「地域文化」「地域産業」の6つのテーマの中から興味に応じた課題を選択し、グループ単位での調べ学習に取り組んでいる。地域研究と言えば、情報収集能力や地域への愛着心の育成を狙って行われるのが一般的だが、同校の上澤正男教頭は、「『遠野学』が目指すのは狭義の意味での地域研究だけでは決してない」と断言する。
 「『遠野学』の目的は、遠野という地域を研究すること自体ではありません。生徒たちには遠野という切り口をきっかけに、日本全体、世界全体の問題に目を向けてほしいと考えています。例えば、地域の介護事情の研究を通じて日本の高齢化を考える、という具合にです」
 同校がこのようなアプローチで地域研究を捉えたのには訳がある。「遠野学推進委員長」を務める大内国芳先生は同校を取り巻く状況を次のように語る。
 「本校は岩手県の中でも、自然・歴史・文化・産業の面で学習題材の選択に大変恵まれた地域です。生徒も豊かな自然環境の中で伸び伸び生活していますが、興味・関心は多種多様で個々の生徒の進路も実に多彩です。しかし、進路意識の形成が比較的遅い傾向にあり、この面での指導が課題とされてきました。そこで、生徒たちにも身近で取り組みやすい地域研究という手法を通じて、社会に対する広い視野や、社会とのかかわりの中で自分の将来を考えられるような取り組みが早い段階から必要だと考えたのです」
 このような意図をもった取り組みを、同校ではどのように運用しているのだろうか。以下にその概要を見てみよう。

1年次の活動は「知る」を重視して設定する

 「遠野学」における生徒の活動は、1年「知る」(情報収集)、2年「見る」(地域での体験学習)、3年「決める」(進路決定)というコンセプトに従って設定されている。同種の取り組みを行うに当たっては、近年、1年次から課題選択に入るケースも増えているが、同校ではあえてそのようなアプローチを避けたという。
 「3年間のプランを考えるときに特に留意したのは、1年次を『知る』というテーマに設定することでした。と言うのも、いくら課題研究型の取り組みとは言え、事前知識のない生徒がいきなり課題を決めるのはまず無理だからです。課題設定の前提となる情報収集をしっかりと行い、自分の興味・関心を見極めさせることが先決だと考えました」(大内先生)
 こうした考えに基づき、1年次では主に、地域の識者や地場産業に従事する人々を招いた講演会が1~2週に1回のペースで行われている。講演の内容は2年次の班別行動のキーワードとなる「環境・自然」「福祉・健康」「情報」「国際理解」「地域文化」「地域産業」の6つのテーマを網羅するよう留意されており、生徒たちは2年次での調べ学習を意識しながら、自分の興味・関心のあるテーマを探っていくことができる。
 年間20回近くもの講演会を実施するのは現実的にかなりの負担になると思われるが、それでも大内先生は地域の講師の方から直接学ぶことの意義は大きいと言う。
 「同じ情報を伝えるのでも、実際に地域に根付いて暮らし、社会的な役割を果たしている人の話を聞くことは、教師の説明を受けることとは全く異質な経験です。実際、普段の授業などではあまり目立たない生徒が、講演内容の深さに心を動かされ、課題研究に打ち込むようになることもあります」
 それだけに、講演の事前準備にも同校の教師たちは熱心に取り組んでいる。時には講演者と酒を酌み交わしながら、事前に講演内容を相談することもある。
 「講演をお願いするときに重視しているのは、『あくまでも率直に語ってください』という一点です。人前で話すことに不慣れな方が、講演に不安を感じたりすることもありますが、そんな時でもこの方針は貫いています。社会で生きる人の生の言葉を生徒に伝えたいのです」


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