VIEW21 2002.12  リーダー群像
 現状をどう捉え、どう行動したのか

運命に導かれるようにカワムラサイクルにのめり込む

 翌95年は、村山社長にとっても、カワムラサイクルにとっても激動の年だった。その口火を切ったのが阪神・淡路大震災である。これにより、カワムラサイクルの再建策は頓挫。大手スポーツ用品メーカーが全株式を買い取り、140人の社員を全員解雇するしかないという危機に陥っていた。一方、村山社長も同年3月に長年働いてきた証券会社を辞職し、他社への転職を決心していた。
 「あるメーカーの社長から『うちの会社に来ないか』と声を掛けられたのです。お話を伺いに行くと、多額の契約金を提示されましてね。証券会社に愛着はあったものの、バブル崩壊で証券業界は右肩下がり。焦燥感もありましたし、大金を目の前にして、覚悟もできていないのに転職することを決めてしまったのです」
 しかし、実際に入社してみるとどうしても違和感がつきまとう。実力以上に評価されて、お金で動いてしまった自分にも後悔の念が残る。結局、村山社長は新しい会社を1か月で退職、購入した家も売り払って契約金を返済し、小さなアパートに移り住んだ。
 「幸運にもかつての証券会社の子会社から誘いがあり、そこに勤めさせていただくことにしました。その時期がカワムラサイクルの危機とぶつかっていたので、私は再びカワムラサイクルの清算にかかわることになったのです。そして運命に突き動かされるように、その仕事にのめり込んでいきました」


カワムラサイクルの歩み

15年
個人企業としてカワムラサイクルが創業される

73年
カワムラサイクルに商号を変更し、電動式車イスを製造開始
同社の自転車が、海外でも高級ブランドとして高く評価され始める。また、電動式車イスの製造を開始し、車イスの分野でも一流メーカーを目指す。

95年10月
新生・カワムラサイクルの誕生
現社長である村山民生氏が、カワムラサイクルの商号・従業員・生産設備などの営業権を譲り受け、営業を開始する。自転車部門を売却。車イス専門メーカーに生まれ変わる。

00年
「レンタルサポートシステム」サービス、「2週間オーダーシステム」開始
レンタルの車イスを定期的に洗浄・修理する「レンタルサポートシステム」がニュービジネス大賞優秀賞を受賞。


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