高まる大学院教育の必要性
山上 法科大学院の設置に伴って、本校でも法学部志向が高まっています。しかし、どこも学部の定員を減らすようですから、学部入試のハードルは確実に高くなると思います。人気が高くなるのは良いことだと思いますが、入りにくくなってはどうかと思いますね。ただし、こうした新たな大学院の設置により、学習を人生の長いスパンで考えられるようになった面はあると思います。生徒、教師共に「本当に社会のために役立つ力を身に付けるためには、大学院レベルの教育が必要だ」という意識は、今後高まっていくのではないでしょうか。
高田 法科大学院以外で、ビジネス系の専門職大学院に手を挙げた大学もあります。一橋大や青山学院大、早稲田大、芝浦工大などです。ビジネススクールを卒業すればMBAを取得できるというのが一つの売りになっているわけですが、これが広がっていく可能性があるかどうか、日本の雇用形態とも絡めながら天野教授からお話をいただければと思います。
天野 日本の雇用環境との関係でということですが、専門職と言ったときに2つの種類があるでしょう。一つは、先程から出ています医者とか弁護士とかいわゆる「資格職業」と呼ばれるもの。これは既に社会的に専門職業としての歴史が長く、職業団体を持ち、大学のカリキュラムも構造化されている職種です。言わば社会的に認知されている職種(伝統的専門職)です。
ところが今、専門職大学院で問題となっているのは、ビジネス系の新しいタイプの専門職です。これはプロフェッショナルではなくてスペシャリスト、つまり専門的な知識や能力と言うよりは、専門的な「職能」を持った人ということです。こうした職業には職業団体も伝統もありませんから、社会的な認知を受けるためにはMBAなどの職能証明が必要になるわけです。卒業して得られるのは学位ではなく、能力証明的な性格のものになると考えた方がいいでしょう。しかし、こうした資格が日本の雇用環境に直ちに受け入れられるかは疑問だと思います。
高田 一般の社会人が再進学するならともかく、高校生に対しては、「専門職大学院がある大学に進学しなさい」という指導には必ずしもならないというわけですか。
安宅 法科大学院の問題で言えば、学問は現在非常に細分化されている一方で、カテゴリーを越えた他分野についても知っておくことが非常に重要になってきています。例えば、法律の専門家が法律だけを知っていればいいかと言えば必ずしもそうではなく、先端科学のことなども知っておかないと正しい判断は下せないわけです。ビジネススクールで学んだ人についても、人文・社会や自然科学の知識が必要になるシーンは意外と多いと思うんですよ。システムを変更することは大切ですが、こういった本筋を見失うようなことがあってはならないでしょう。ですから、法科大学院にしても「どういう法律家を養成したいのか」という理念をしっかり確立しておかないと、人材の質は確保できないのではないかと思います。
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