ベネッセ教育総合研究所 ベネッセホールディングス
藤田英典教授に聞く.これからの教育が向かう方向とは?
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「三重の甘やかし」社会の中で
―日本の子どもたちはどのような点で甘やかされているのでしょうか。
 私は、「三重の甘やかし」と呼んでいますが、それには「構造的甘やかし」「実践的甘やかし」「規範的甘やかし」があります。日本のように高学歴化した豊かな社会では、20歳前後までは学校に行って勉強してさえいればいいという状況に置かれています。これが「構造的甘やかし」です。この甘やかし自体は悪いとは言えません。ただし、この背後にはしっかりと学業にいそしみ、将来に向けて自分を訓練し、磨いていくという責任と義務が伴っていなければいけません。しかし、そういった責任や義務を果たすことなく、好き勝手にやらせている状態になると、それは「実践的甘やかし」になります。「子どもの興味・関心が重要だ」「ゆとり教育が重要だ」といった言葉に、それがよく表れています。そして、そのように実践的に甘やかされている状態、放任されている状態をマスコミや教育評論家が肯定して「むしろ、その方がこれからの時代を生きていく力をはぐくむ源泉になるのだ」などといった規範をつくり上げるのが、3番目の「規範的甘やかし」です。こうして、学校で一生懸命勉強している生徒の方が味気ない生活をしていて、かえって後ろめたさを感じなければいけないようなカルチャーがつくり上げられてしまいました。その結果、日本の高校生の規範意識はアメリカや中国といった諸外国と比べても低くなってしまったのです(図2参照)。このような状態では、実践的に甘やかされている人間が自らを省みるというきっかけはありません。こういう社会では、モチベーションは湧きにくいんですよ。そして、このように世間がつくり上げた甘やかしカルチャーの弊害を学校側が背負わされているわけです。その影響の中で、学校は過剰な負担を強いられることになるのです。
図2 日本・アメリカ・中国の高校生の規範意識の比較
図2


「努力と賞賛のカルチャー」をつくることが必要
―学習に対するモチベーションが低い子どもたちへの指導には、どのような方法が考えられるでしょうか。
 従来は、子どもたちのモチベーションを上げるために、「ゆとり教育」をベースに楽しい教材、面白い教材、子どもが興味を持てるような教材を提供して、学習を楽しくすればいいという安易な解決策で対処しようとしてきました。しかし、そもそも学校教育において子どもたちがしなければいけないことは、そんなに楽しいものではないはずです。そもそも、学習の内容や教材自体にあらかじめ楽しさや意味といった、興味や意欲の源泉になるものが備わっていると考えることが間違いだと思います。そういった興味や意欲の源泉は、それにかかわりチャレンジしていくプロセス、時間をかけて努力していくプロセスの中でつくり上げられていくもの、見いだされていくものだと思います。だから私は、子どもたちが時間をかけて努力して取り組んでいくことを重視した教育政策を採るべきだし、改善をしていくべきだと思っています。よく登山家が「そこに山があるから登るんだ」と言うように、「そこに課題があるからチャレンジするんだ」というスタイルにしていかなければなりません。
―どのように改善していけばよいでしょうか。
 努力の重要性を改めて確認し、努力をしようとするカルチャーをつくることが大切です。その際、「名誉の等価性」について確認する必要があります。「名誉の等価性」とは、様々な活動あるいは努力は、どのような活動・努力であっても、それが好ましいものである限りは、賞賛に値するという意味で等しい価値を持っているということです。このことは、人間の能力は元々一元的な尺度で測れるものではなく、多元的であり多様なものであることを前提にしています。これは決して、皆が同じように賞賛されるということではありません。大事なのは、頑張ったということを賞賛することであり、どのような領域でも、学校の中で行われている様々な活動で頑張ったら、その頑張りは賞賛に値するということです。良い先生というのは、いろいろな場面で子どもが頑張っている姿を誉めていますね。私はこれを「努力と賞賛のカルチャー」と言っています。日本の学校から失われてきたそういうカルチャーを立て直して豊かにしていくことが大切だと思います。
 
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