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ゲノム創薬により効果的で副作用の少ない薬が現れる
それではゲノム創薬が実現することで、どのようなメリットが生まれるのだろうか。
最も大きなメリットはより「効く」薬の開発だ。従来の薬の多くは、基本的に熱や炎症、痛みなど症状を抑えるものだった。一方ゲノム創薬では、遺伝子の配列を正常に戻す、あるいは受容体(体内の刺激を受ける部位)をガードするなど、病気の原因そのものに直接作用するため、薬の有効性がより高まることが期待される。また、病気の発生プロセスが分かれば、病気の各段階に応じた薬も創れるだろう。
さらに、それぞれの患者の遺伝子情報に基づいた創薬も可能になる。「テーラーメード医療」と言われる技術で、一人ひとりの体質や病態に応じた、効果的で副作用の少ない薬が開発できるようになるのである。例えばアルコールに強い人、弱い人がいるように、同じ薬であっても効く人と、あまり効かない人がいる。また同じ病気、例えば肺ガンや乳ガンであっても、人によって転移しやすい、しにくい場合もある。これらはすべて遺伝子の個人差によるもので、ゲノム創薬によりこうした個人差を克服しようというわけだ。
一般にどんな優れた薬であっても、効果があるのは70~75%程度で、抗ガン剤に至っては30%程度の人にしか効果が期待できないものもあるという。テーラーメード医療の実現で、各患者の遺伝子のタイプに応じて、より適切な薬を選ぶことができるようになるのだ。
現時点では、病気の発生メカニズム解明に基づいて一から開発されたゲノム創薬はまだ現れていない。しかし現時点でも、ガンの分野などでは、ゲノム創薬の技術を用いた「分子標的薬」が実現している。通常、抗ガン剤の多くは、ガン細胞を攻撃する際、正常な細胞にも作用してしまう。そのため、副作用が起こりやすいのだが、「分子標的薬」は薬の標的をガン細胞に絞り込むため、正常な細胞を傷付けることなく、副作用を抑えることができるのだ。ゲノム創薬の時代は、着実に近づいている。
効率的な創薬により開発期間・費用が抑えられる
ゲノム創薬は、新薬開発にかかる期間やコストを減らす効果も期待されている。
新薬開発は製薬会社にとって生命線であることは、前述した通りだ。しかし、一般に一つの新薬が開発されるまでには、10年、場合によっては20年近くに及ぶ長大な期間と200~300億円に上る莫大なコストが掛かる(
図2
)。
しかも、薬の開発成功率は約12,000分の1(日本製薬工業協会調べ)。病気に効果のある新規物質の発見は偶然や経験によるところが多く、臨床試験の途中で思わぬ副作用が出て開発を断念することも珍しくないためだ。実際に発売され多くの人に投与して初めて重大な副作用が判明することもある。日本国内で1年間に新薬として認可されるものは30~50品目程度。日本の製薬会社は一般用医薬品を含めて1500社。新薬を開発して世に送り出すことがいかに難しいか分かるだろう。
ところが、ゲノム創薬によって、こうした新薬開発の過程が大きく変わる可能性があるのだ。ゲノム創薬では遺伝子の持つ情報を基に、有効性がなかったり副作用を伴う新薬候補をあらかじめ特定できるため、論理的・合理的に新薬開発に取り組むことができる。事前の目標設定が可能で、偶然や経験に負うところが少ない分、開発期間を短くし、開発費用を抑えられる可能性があるのだ。優れた新薬の開発がもたらす恩恵は、手術件数の減少、治療・入院日数の短縮、病気の再発の抑制など計り知れない。しかも、これらのメリットは医療の質の向上だけではなく、医療費の減少をももたらすのである。
図3
は新薬開発による医療費の減少を表したグラフだが、「開発前総費用」と「開発後総費用」を比べてみれば、その効果は一目瞭然だ。ゲノム創薬により効果の高い薬が開発されるようになれば、費用はさらに減少することになるだろう。
現在、あらゆる病気の3/4は、治療法が確立されていないと言われている。また、世界中を席巻した新型肺炎(SARS)に見られるように、新たな病気は次々と発生する。それだけに医薬品産業が医療に貢献できる可能性は大きく、ゲノム創薬の進展により、一層医薬品産業の存在感は増すに違いない。
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