技術的な進歩により、ロボットの体は複雑な動きが可能な、高度なものが作れるようになってきました。そこで次は、その体にふさわしい「脳」が必要になります。
従来、「連続的」である運動と「離散的」である記号(※4)は別の問題と考えるのが普通でした。しかし、ロボットが人間とコミュニケーションして、身近な存在として生活を便利にするようになるというシナリオを考えると、連続的なものと離散的なものをつながなければならない。これが、ロボットの脳における中心的な問題です。
これは、人工知能の最先端の研究でもあります。人工知能は、元々は人間の知能を計算機やコンピュータで実現しようというものですが、自動翻訳や計算などのように、記号の世界の中で完結するものだけを扱ってきました。
人工知能による計算や翻訳の結果は人間が見て初めて意味が理解できるものですが、計算機が物理的な意味を分かって計算しているわけではありません。これまでの人工知能というのは、人が問題の背景を細部に渡り記号化(※5)して、その関係を記述したものを与え、記号間の関係から答えとなる記号を見つけるというものでした。記号を見る人間は意味を理解できますが、この記号をロボットに与えて、作動させるためには何か根本的なものが欠けていました。それは運動とその結果が現れる連続的な物理世界と記号の関係でした。やっと漢字が読めるようになった小学生が、広辞苑をめくっていってもそこに書いてある説明がピンと来ないのに似ています。「体験」と結び付いていないのです。
ロボットが現実的に人のサポートをするためには、記号や言語が意味することを認識する「知能」を持つ必要があるのです。つまり、人間が記号を記述することなしにロボットが自分で記号をつくり、それを体を使った運動につなげ、記憶として蓄積する「知能」です。
記号を扱える脳を持つ生き物は、鳥類とほ乳類だと言われています。記号を扱えるということは、「木の葉が揺れている」のを見て、(目や耳から入ってくる連続的な刺激から、その部分に注意を向け、その時間的変化だけを切り取り)「風が吹いている」とか「木の実が落ちてくる」といったことを連想するということです。ペットが「飼い主があるものを指差してこちらと視線を合わせていたら、自分にそれを取ってこいと指示を伝えていると分かる」という背景にはこのような分節化、記号処理、運動制御の計算が体と脳の全体を使って行われています。語弊を恐れずあえて言い換えるなら「心が通じる」ことです。
ロボットが、人の連続的な行動のうちで意味のある部分を記号として見分けて意図を理解できるなら、視線を合わせたり身振り手振りをしたりするボディランゲージで指示を伝え合うことができるようになります。 ロボットの研究をすればするほど、人間の運動や思考や感情の情報処理の奥深さを実感することになりますね。その意味でも興味の尽きない研究です。
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