未来をつくる大学の研究室 分子生物学・アポトーシス
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研究の最先端
医学分野の研究者との共同研究が始まった

 皆さんはアポトーシスと言われてもピンとこないと思います。わかりやすい例を挙げて説明しましょう。
  例えば、人間の指は、胎児のときはカエルの水かきのような形をしていますが、生まれるときには5本の指になっています。これはアポトーシスの働きによって、不用な細胞が殺されるからです。また、オタマジャクシのしっぽは、カエルになると消えてしまいますよね。実は、これもアポトーシスの働きです。
  興味深いのは、アポトーシスは不用な細胞にだけ起きて、生物が生きていく上で必要な細胞には起きないということです。白血球のアポトーシスにはFasとFasリガンド(※7)という二つのタンパク質が関与しています。Fasリガンドが「この細胞は不用だから殺しなさい」と命じて、Fasが殺すという関係にあるのです。
  アポトーシスが正常に機能しなくなると、人は病気になります。例えば、アポトーシスが起こらなくなると、細胞がどんどん増殖して、がんや自己免疫疾患(※8)などの病気になります。逆にアポトーシスが起きすぎると、殺してはいけない細胞までも殺してしまいます。アルツハイマー病(※9)は、脳の細胞神経がどんどん死んでいくことによって起こる病気です。アルツハイマー病の場合、細胞死を引き起こす因子が通常のアポトーシスとは異なるので、これを厳密な意味でアポトーシスと呼ぶべきかどうかは議論が分かれるのですが、しかし、その一種と考えてよいでしょう。アポトーシスが、私たちの生命を維持していく上で、とても大切な働きをしていることがわかります。
  ここ数年私が研究テーマにしているのは、アポトーシスによって死んだ細胞の後処理を行う「マクロファージ」という食細胞の存在です。
  死んだ細胞はそのままになっていると、やがて中身が壊れてDNAや核が体中に飛び出します。すると、体はDNAや核を異物と判断してたくさんの抗体を作り出し、自己免疫疾患になってしまいます。そうならないよう、細胞が死ぬとすぐにマクロファージが来て、細胞を食べるのです。そして、脂肪やタンパク質、炭水化物に分解して体に返し、これらの栄養素は再利用されます。
  これって何かに似ていませんか。そう、自然界の生態系の仕組みにそっくりですよね。自然界でも動物が死ぬと、バクテリアが動物の体を分解します。そして分解された物質を植物が養分として利用します。自然界と同じようなことが、私たちの体の中でも起きているわけです。
  私は「なぞを解明したい」という知的好奇心に突き動かされ、研究を続けてきました。でも、実はほかにも「研究を続けてよかった」と思うことがあります。それは関連分野の研究者との出会いと、社会に成果を還元する喜びです。私が携わってきたアポトーシスの研究は今、医学の研究者から注目されています。アポトーシスが関係していると思われる病気のメカニズムをを解明し、治療に役立てようというのです。がんの新しい治療法や新薬の開発などに道を開く可能性もあり、期待が寄せられています。私も内科や免疫学の先生と共同研究を始めようとしています。
  私の基礎研究によって明らかになったアポトーシスのメカニズムが、ほかの科学者の研究の役に立つ。そうして科学の発展に貢献し、社会の役にたっていくことも、科学者として大きな喜びなのです。

用語解説
※7 Fasリガンド  リガンドは「結合する」という意味があり、Fasを「鍵穴」とすると「鍵」にあたる。Fasに結合することで、アポトーシスを起こす引き金となるタンパク質。
※8 自己免疫疾患  体は、外部から有害な細菌やウイルスが侵入すると、抗体を形成して、これを排除しようとする機能を持っている。これを免疫という。この免疫の機能が壊れると、自分自身の正常な細胞や組織に対しても攻撃を加えるといったことが起きる。これを自己免疫疾患という。例えば、関節リウマチや膠(こう)原病など。
※9 アルツハイマー病  脳が次第に萎縮(いしゅく)していく病気。記憶障害や思考力、判断力低下などの症状が起きる。高齢社会を迎え、今後増加が予想されるが、まだ根本的な治療法は開発されていない。
Pick Up
マクロファージはどうやって死んだ細胞を探し出す!?

  マクロファージという食細胞が、アポトーシスによって死んだ細胞を食べて後処理を行っている。でもなぜマクロファージは、死んだ細胞だけを補食して、生きた細胞には手をつけようとしないのだろうか。長田先生たちは、アポトーシスで死んだ細胞が“Eat me”(私を食べて)というシグナルを出しているのではないかと考えた。そして2002年、「MFG-E8」という分子がこのシグナルと関係していることを発見した。「Eat meという命名は、欧米の人たちがルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に出てくるEat meケーキから取ったものです」と長田先生。アリスの世界のように、私たちの体の中でも不思議な出来事がたくさん起きている。
写真2
写真2 プレパラートに細胞のサンプルを時系列で保存し、その変化を追う。同じ条件下でも、その時々で変化が異なるため、何度も観察を繰り返す。
高校生へのメッセージ
いろいろ挑戦できるのが、若者の特権
 最初にもお話しましたが、高校生のときに自分のやりたいことを見つけるのは、なかなか難しいものです。だから「自分は何がやりたいんだろう」と深く悩むよりは、とにかく自分が興味を持っていることについて体験したり、本を読んだり、人に会って話を聞いてみたりすることの方が大切だと思います。やりたいことが見つかるのが、大学に入ってからでも遅くはありません。私の研究室の大学院生の中にも、工学部や薬学部、農学部出身の学生がいます。彼らは学部時代に工学や薬学を勉強するうちに分子生物学と出合って、この道に進むことになったのですね。いろいろ経験できるのは若者の特権。そう思って何事にも積極的に挑戦してください。

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