高田 本日は先生方に、自らの教師生活を振り返りながら、時代を越えて高校教育に変わらず求められているもの、これからの時代に求められるものについて、お話をうかがいたいと思います。
最初のテーマは「授業」です。どんなに教育環境が変わっても、学校が授業を根幹として成り立つことは、今後も揺らぐことはないことでしょう。皆さん、授業に関しては特別な思いをお持ちだと思います。山口先生の場合はどうでしょうか。
山口 大学卒業後、私が最初に勤務したのは千葉県の高校でしたが、いわゆる教育困難校で、授業を成立させるのに非常に苦労しました。私としては、自分が受けてきた高校の授業を再現しているはずなのに、どうして聞いてくれないんだろうという思いでいっぱいでした。
しかしよく考えてみると、彼らは、小学校、中学校とずっと教室の中で疎外感を覚えながら机の前に座っていなくてはならなかったわけです。そんな彼らに対して、通り一遍の授業をしても、聞いてくれませんよね。そこで、ある時点から、学ぶ喜びを授業の中で伝えていくには、どうすればよいのだろうかと考えるようになりました。
私の担当は地理ですが、校内には地理の教師は1人しかいませんでした。そこで、ほかの学校の先生方と授業についての研究会を開いて、勉強を重ねました。そうした中で、私が考えを改めたのは「学力の低い子には、簡単なことを教えていればよい」という思い込みですね。むしろ学力の低い生徒にこそ、意識的に、学ぶことの楽しさ、学びの本質を伝えていかなくてはならない。なぜなら、その喜びを知らないまま高校生になった子どもたちなのですから。
授業中の生徒たちは、相変わらず騒がしいままでしたが、卒業して1、2年経って彼らに会ったときに、「あんな授業は初めて受けた」と話してくれました。おそらく、ずっと学びの場から切り捨てられてきたと思われる彼らに、学ぶ楽しさを伝えることができた。それは若い私にとって自信になりましたし、大きな喜びにもなりました。
高田 授業が面白ければ、学力に関係なく生徒はついてくる、ということですよね。生徒に学びの本質や学ぶ楽しさを伝えていくには、どんな工夫が必要になるのでしょうか。
山口 まず教師が自分の教科についての高い専門性を持っていることが条件だと思います。ただ、専門的な内容をストレートに伝えても、生徒は理解できません。興味を惹く話題を取り上げながら上手に授業を展開すれば、学びの本質はどんな生徒にも伝わるのではないかと思います。私の授業では、必ず「視点」や「論点」を入れています。教科書の内容をそのまま教えるのではなく、違った見方や考え方もあるんだということを意識して伝えることで、生徒の興味・関心を刺激するのです。
高田 私は若いときに、「教師というのは五者である」と聞いたことがあります。五者というのは、教師には、学者、易者、医者、芸者、役者の五つの役割があるということです。易者は進路指導、医者はカウンセリング、つまり生徒の悩みの相談相手です。芸者、役者というのはパフォーマーということだと思います。そして、この四者の根幹にあたるのが学者、すなわち専門性です。
授業で生徒の知的探求心を揺さぶることができない教師から、生徒は進路指導を受けたいとは思いません。また、悩みを相談したいとも思わない。やはりコアは「学者=専門性」になると思います。
船戸 私の担当は物理ですが、やはり物理という学問の本質をどうやって生徒に伝えていくかを考えながら授業をしてきました。
その際に必要となるのは、一つは山口先生や高田先生がおっしゃるように専門性だと思います。そして、もう一つは指導力です。生徒がどんな思いを持って授業に向かっているか、教師に何を期待しているか、生徒の学習到達度をつかんだ上で、生徒の学びへの意欲を高める指導ができる力です。そして、こうした専門性や指導力を日々磨く上で欠かせないのが、「授業をよくしたい」「生徒を伸ばしたい」という情熱ですね。ですから、専門性、指導力、情熱の三つがポイントになると思います。
松高 私が教師になったころは、どの学校にもいわゆる名人芸を持った先生がいらっしゃいました。若いときは情熱だけでも生徒はついてきてくれますが、やがてそれだけでは厳しくなる。そうした中で、ベテランで「うまいな」と思わせる先生は、生徒を学びに向かわせる仕掛けをつくる名人芸を持っていらっしゃいました。
その名人芸を支えているのは、先ほどから話に出てきている専門性、指導力だと思います。かつて名人芸は個人の力量に委ねられていましたが、これからの時代は、名人芸をベテランの先生から若い先生に伝承していく仕組みもつくっていく必要があるでしょう。
高田 名人芸を持つ教師は、わざと生徒の前でつまずいてみせたりする。生徒に「先生、それは違うと思います」と言わせて、もっとよい解き方を教える。そういう技をいくつも持っている先生の授業は、確かに魅力的でしょう。
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