教科指導最前線・日本史
VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
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全体の俯瞰(ふかん)・図版の活用で理解を深める

 村上先生の授業のポイントの一つが「全体像の俯瞰」である。歴史の変わり目などには、概念図を活用して、鎌倉や室町といった各時代の構造や流れを説明する(図1、2)。これが、数少ない板書の機会となる。
 「何年に何が起こった、将軍はだれだった、どんな彫刻が作られたと暗記するだけでは、その時代を理解したことにはなりません。でも、全体像を理解していれば、暗記をしなくてもある程度類推できるようになるのです」
図
 二つめのポイントは、視覚的な資料を積極的に活用することだ。図版が豊富に掲載された資料集をベースに授業を展開する。生徒は具体的にイメージでき、理解が深まるからだ。
 また、板書をしないからこそ、語る内容に工夫を重ねている。例えば親鸞について、一見、無関係の「浦島太郎」を引き合いに出す。だれもが知っているこのおとぎ話の、『風土記』に収められている知られざる原型の物語を紹介したり、自身が学芸会の劇で海藻の役を割り当てられた体験談を話したりする。
 「みんなが主役をやりたくても、浦島太郎や乙姫になれるのは限られた人。でもタイやヒラメ、いじめっ子や海藻だって必要だ。仏様は、日の当たらない役も救う。これが親鸞の教え『善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや』。目立たないところでも一生懸命自分の役割を果たしている、また果たそうとしている人が、ここでいう悪人なんだ」…というように話を進める。
 あるときは、江戸の文化を説明するために、町人文化を牽引(けんいん)した蔦屋重三郎を例に挙げ、この蔦屋を目指して店名を選んだ大手レンタルビデオチェーン店を取り上げる。「すなわち、現代の文化は当時と同じ庶民文化」「現代の自分たちは最先端のつもりでも、歴史や文化には揺り戻しがある」と。このように、生徒が歴史の事象を自分のこととして捉えられるような題材を選ぶのだ。
 村上先生が大切にしているのは、現在の価値観をより所に歴史を評価しない、という視点だ。先生は生徒に対して「江戸時代の士農工商は悪いものか」「道はなぜ平らで真っ直ぐなのが良いのか」などと問いかける。生徒の常識や固定観念を常に揺るがし、考えさせる状況をつくる。
 「日本史の教科書に出てくることを全部教え、暗記させるのは物理的に無理です。実社会でも同じことで、前例のないことが起きたときに、上司がいちいち解決策を教えることはできない。自ら類推する力が大切で、授業はこの力を養うためにあるのです」
 こういった「語り」の手法は、小手先のテクニックではない。「日本史の勉強を、自分の人生を考える一つのきっかけにしてほしい」という信念の下、45分間(同校は45分授業)、生徒を飽きさせないように語るために、日々、新聞やテレビ、関連書籍などにも目を配り、考え抜いたトピックを取り上げているのだ。

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