うまく機能する社会制度をつくるためには、「人は社会でどのような行動をするのか」を考慮することが大切です。今後、社会と心理の両面を研究する社会心理学は、社会制度づくりにおいて重要な役割を果たしていくと考えていますし、それに貢献していくことが研究の目標です。
その一例を示します。アメリカで1970年代から始まったアファーマティブ・アクションは、入試や人材採用において特定の人種や性別による差別をなくすため、それらの人々に対して合格基準・採用基準を積極的に優遇するという制度です。
歴史的に、黒人やヒスパニック系等の民族はアメリカの社会で差別を受け続けてきました。そのため、高いレベルの教育を受けても社会の中で役立てる機会がなく、それならば教育に投資する必要はないと高等教育を受けようとしなくなり、社会的地位も低いままで差別を受け続けるという状況でした。
この悪循環を断ち切るため、強引と感じられても差別をしない環境をつくろうと始められたのが、アファーマティブ・アクション(※5)です。この制度により、差別されていた人たちが大学で勉強し、卒業後には身につけた知識や専門性を役立てる場が保障されることになりました。差別されない環境になったのなら、大学に行こうという気になりますよね。つまり、この制度は差別されている側のインセンティブ(※6)を変えたのです。「差別する人の偏見をなくせば、差別はなくなる」と訴えるだけでは、いつまで経っても社会は変わりません。枠組みを変えることで人の意識を変えられることを、アファーマティブ・アクションは示しており、心の動きをうまく突いた制度といえます。
これまでの社会科学は、主観的経験や理論による研究が主でした。しかし今は、自然科学と同じように、実験や調査という科学的な手法によって研究されるようになっています。20世紀は自然科学の発展により科学技術が花開いた世紀でしたが、21世紀は社会科学が科学的に研究されていくことで、社会がよりよく機能する時代になると考えています。その中でも人と社会をつなぐ社会心理学は、社会科学全般をリードしていく中心的学問になると思うのです。 |