10代のための「学び」考
VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
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現行法制定の過程を解き明かす

 大学では、父の勧めもあり法学部に入学しました。「六法ぐらいは早く読んでおこう」と、入学手続きをした日に東京大正門前の書店で『小六法』を購入しました。戦後、日本の法律はいくつも改正され、戦前につくられた文語体の法律と、憲法のように戦後につくられた法律が六法に混在していました。刑事訴訟法は口語体で書かれた新しい法律の一つで、私が大学に入学した1949年1月に施行されたばかりでした。
 刑事訴訟法とは、刑法が定めた刑罰を実行するために、捜査・起訴・公判の手続きを定めた法律です。旧刑事訴訟法は、捜査側に有利につくられており、自白を強要するなど人権保護の視点が欠けていました。しかし戦後、日本国憲法が公布され、刑事訴訟法も人権を尊重しながら真実を追求するという観点の下に改正されたのです。「戦前の暗い部分を一掃しようとする新しい時代の法律だ」と思いました。わかりやすい口語体で書かれた革新的な内容に感動し、興味を持ったのです。
 当時は刑事訴訟法を専門に研究する研究者がまだ少なく、改正されたばかりの刑事訴訟法には研究すべきことが数多くありました。その一つが、制定過程の解明です。刑事訴訟法は、短期間で仕上げられた日本国憲法と異なり、3年以上に渡りGHQ(連合国軍最高指令官総司令部)と日本側の法律家の協議によって形づくられていきました。しかし、その過程は知られていなかったのです。私は、現行法の立法に携わった東京大法学部の團藤(だんどう)重光先生から指示を受け、制定過程を研究しました。協議会でのやりとりが記録されたノートや資料を整理し、条文の一文一文がどのように制定されたかを解明していきました。すると、アメリカ法の理論を取り入れた部分とそうでない部分が浮かび上がってきたのです。じりじりと研究対象を追い詰め、丹念に文献や資料を調べると見えてくるものがある。私はこの研究で大きな手応えを感じました。
 その後、日本の刑事手続の独自性を明らかにすることは、私の研究人生で大きなテーマになりました。例えば、日本の刑事事件では捜査を徹底的に行い証拠を集め、有罪だと確信が持てないと起訴しません。しかし、アメリカではある程度の証拠があれば起訴します。戦前にはドイツ法、戦後はアメリカ法の影響を強く受けたにもかかわらず、独自の運用をされた日本の刑事手続の特色を私は「精密司法」と表現し、比較法、歴史、司法統計の分析資料などを踏まえて説明しました。
 ただ近年、膨大な証拠書類を集めて、裁判官が時間をかけて検討する「精密司法」には行きすぎた部分があるのではないかと言われています。そこで導入されるのが、国民に裁判員として刑事裁判に参加してもらう裁判員制度です。私が「裁判員」と名付けたのは、欧米に存在する陪審制や参審制のいずれにも偏ることなく、日本にふさわしい制度になれば、と思ったからです。裁判員制度導入により、刑事裁判がより健全な方向へ進むよう期待しています。


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