私を育てたあの時代、あの出会い

VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
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 相手の成長を見通して言葉をかける稲葉先生の指導は、私たち若手教師に対しても同様でした。1学年の担任は、7クラス中5人が栃木高校で初めての担任で、しかもうち2人は新採。学年団を引っ張る立場として、大変なご苦労をされたはずですが、稲葉先生は学年会などでとにかく私たちに考えさせ、意見を求めました。どんな議題についても、稲葉先生はいつも「あなたが学年主任ならどうしますか」と尋ねるのです。あんな経験は初めてでした。事務的に伝えるだけなら30分程度で済む会議が、いつも1時間近くかかりました。
 先生は、担任としての私たちのその先までも見通して大きく育ててくださったのです。結果を急がず、自らの力で成長し、達成感を味わうことで頑張り続けることができる。これは生徒も教師も同じです。今、私は学年主任を務める立場になりました。若い先生方が、教師としての成長の喜びを感じ、教育への情熱を燃やし続けられるように、自分は何をすべきか……稲葉先生が私たちに投げかけたことの意味を日々思い返しています。
 稲葉学年ともいえる学年団は、ときと共にまとまりを増していきました。「生徒は教師を映す鏡だ。教師が一生懸命なら、生徒も一生懸命になる」。稲葉先生が繰り返したその言葉を信じ、私たちは「今、我々はよき見本になっているか」と常に考えました。卒業式の日を迎えたときも、ほっとしたという気持ちはなく、「もっと生徒たちと一緒にいたい」と思いました。できることなら、稲葉先生を中心に、この学年の生徒と会社をつくりたい。そんなことを考えたほどです。それほど、あの学年団の生徒と教師の一体感は格別だったのです。30歳、40歳と成長する生徒を見続けたいとあんなに切望したのは初めてでした。
 寂しいことですが、どんなに教師が望んでも、生徒はわずか3年後には、必ず手元から飛び立ってしまう存在です。だからこそいつも、生徒が社会に出たときの姿を思い描いて接しなければならない。そして、それは教師という職業の社会に対する責任であるということを、私は稲葉先生から学びました。
 実は先日、稲葉学年のある生徒と街でばったり出会ったのです。お互いに車を運転していたのですが、私に気づいた生徒は車を止め、信号待ちをしていた私のところに駆け寄ってきました。12年振りの笑顔で彼は「先生、僕、しっかりやってますから」と一言告げると、自分の車に戻っていきました。稲葉先生を中心とした10年先、20年先を見通した指導の答えを、思いがけずもらった気がして、私は喜びでいっぱいになりました。
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