これらの成果を踏まえ、研究室では、サルの脳の働きを測定し、高等動物の思考や推論のメカニズムの解明に挑んでいます。
例えば、物事を「推論」する仕組みは、科学的には明らかになっていません。私たちは、サルに推論させるような課題を与え、前頭前野のニューロン(※4)を調べました。すると、サルは直接経験していない行動と報酬との関係を予期して報酬を「推論」することが、ニューロンの活動から証明されたのです。
医療工学への応用を視野に入れた基礎研究も進んでいます。病気や事故で感覚や運動機能を失った人の、神経系が本来担っていた役割を工学的手段を使って代償しようとするBMI(※5)の研究が進んでいます。
研究室では、思考や推論のメカニズムを解明するための基礎実験として、サルにゲームを行わせながら「ジュースが飲みたい」など、サルが考えていることをコンピュータに再現する実験を行い、一定の成果を上げました。自分の意思を言葉で表現できない人が、頭で念じただけで欲しいものが出てくるような装置を開発することも、将来的に夢ではないかもしれません。
一連の成果から、脳科学が「人間とは何か」という命題に光明を与えてくれるものであることがおわかりいただけたと思います。では、人間を知るということには、どのような意味があるのでしょうか。
それは、私たち人類が平和に生きていくための知恵に結び付くと、私は考えています。暴力や戦争など、人間が起こす争いの多くは、お互いを理解できないことから生じています。人間の感情や思考の構造が科学的に解明されれば、他者に対する理解や意思の疎通が円滑になるのではないでしょうか。
すぐに役立つ技能にはならなくとも、自分の研究が、人類の幸福のために役立つ日がきっと来る。そう信じて研究に邁(まい)進できることは、基礎研究者にとって何より幸せなことだと思います。 |