未来をつくる大学の研究室 脳科学
VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
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研究の成果
人間について知ることが 他者理解につながる

 これらの成果を踏まえ、研究室では、サルの脳の働きを測定し、高等動物の思考や推論のメカニズムの解明に挑んでいます。
 例えば、物事を「推論」する仕組みは、科学的には明らかになっていません。私たちは、サルに推論させるような課題を与え、前頭前野のニューロン(※4)を調べました。すると、サルは直接経験していない行動と報酬との関係を予期して報酬を「推論」することが、ニューロンの活動から証明されたのです。
 医療工学への応用を視野に入れた基礎研究も進んでいます。病気や事故で感覚や運動機能を失った人の、神経系が本来担っていた役割を工学的手段を使って代償しようとするBMI(※5)の研究が進んでいます。
 研究室では、思考や推論のメカニズムを解明するための基礎実験として、サルにゲームを行わせながら「ジュースが飲みたい」など、サルが考えていることをコンピュータに再現する実験を行い、一定の成果を上げました。自分の意思を言葉で表現できない人が、頭で念じただけで欲しいものが出てくるような装置を開発することも、将来的に夢ではないかもしれません。
 一連の成果から、脳科学が「人間とは何か」という命題に光明を与えてくれるものであることがおわかりいただけたと思います。では、人間を知るということには、どのような意味があるのでしょうか。
 それは、私たち人類が平和に生きていくための知恵に結び付くと、私は考えています。暴力や戦争など、人間が起こす争いの多くは、お互いを理解できないことから生じています。人間の感情や思考の構造が科学的に解明されれば、他者に対する理解や意思の疎通が円滑になるのではないでしょうか。
 すぐに役立つ技能にはならなくとも、自分の研究が、人類の幸福のために役立つ日がきっと来る。そう信じて研究に邁(まい)進できることは、基礎研究者にとって何より幸せなことだと思います。

写真
サルの推論能力と推論中の脳のメカニズムを調べるために、別室にいるサルの脳に電極を埋め込み、脳の細胞の働きをコンピュータで解析する
用語解説
※4 ニューロン 脳を構成する神経細胞で、情報処理・情報伝達の機能を果たす。人間の脳には1000億個以上のニューロンがあり、網の目のようにつながってネットワークを形成している。
※5 BMI(Brain Machine Interface) マンマシンインターフェース(機械と人間との間で情報のやり取りを行う仕組みや機器の総称)の一種。脳の活動を電気信号にしてコンピュータとやり取りし、人間が意図・想像したことを機械を介して表現・実行する。全身麻痺の患者がロボットアームを動かすなど、介護や福祉の分野で実用化されている。
  高校生へのメッセージ
興味を持ったことをとことん掘り下げてみよう

 高校生の皆さんにお願いしたいのは、いろいろなことに興味を持って、貪欲に情報を集める習慣を身に付けてほしいということです。私たちの研究の場合、脳科学はあくまで手段です。研究対象は、文学や哲学、芸術、経済、法律などあらゆるジャンルに渡り、その中から自由にテーマを選んで、道なき道を歩んでいきます。
 UFOや心霊現象でもよいのです。勉強が忙しいからといって放っておくのではなく、少しでも疑問があれば掘り下げて調べてみる。そういう意欲と好奇心が生きていく重要な土台となるのです。

  高校生にお薦めの本
『薔薇の名前』(上・下) (ウンベルト・エーコ著/東京創元社)

◎記号論の世界的権威であるイタリアの哲学者エーコの推理小説。14世紀の北イタリアの修道院を舞台に、次々と起こる怪事件を修道士が解き明かしていく。映画化もされた世界的ベストセラー。人間の好奇心を喚起する一冊。

『地図のない道』 (須賀敦子著/新潮社)

◎イタリアで日本文学の翻訳・紹介に努めた女流文学者の最後の作品集。日本語の美しさを堪能するのにぴったりの本です。論文執筆のためには日本語の学習も重要なので、読書もたくさんしてほしいと思います。


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