電気製品の大半に組み込まれている半導体は、金属やシリコンなど「硬い」性質の無機材料で作られています。しかし現在、炭素を主成分とする「柔らかい」性質の有機材料(※1)を用いる研究が盛んに行われています。
中でも注目されているのは、半導体の特性を持つ有機材料である「有機半導体」です。これを用いた代表的な製品は家庭にも普及しつつある「有機エレクトロルミネッセンス(※2)(有機EL)テレビ」で、電気を流すと光る性質を持つ有機材料を、ディスプレイに応用した発光デバイスです。有機半導体の利点には、(1)エネルギー効率が良く消費電力が少ない、(2)低温度で加工できるため省エネルギーで製造費を抑えられる、(3)軽いため輸送費や改修費を抑えられる、(4)溶媒が溶けやすいため大面積化しやすく材料のリサイクルが容易、という点があります。将来的には、照明やテレビ、広告ディスプレイ、太陽電池などへの活用が期待されています。
この次世代の半導体といわれる有機材料の性質解明が、私たちの研究テーマです。今でこそ最先端の研究の一つですが、私の大学時代、物理学では無機材料の研究が主軸でした。性質が安定しているため、実態の観察や実験が行いやすいからです。一方、有機材料は構造が複雑なため精密な研究が難しく、主に化学の分野で研究されていました。無機材料には皆が研究している安心感がありましたが、私は他人と同じ研究をすることに疑問を抱き、大学院では逆に有機半導体を研究対象にしたのです。
ところが、有機半導体の研究には質のよい真空が必要でした。分子から飛び出す電子を調べる際に、大気中では物質の表面がすぐに酸化したり、付着した汚れから電子が飛び出したりするため、目的とする分子の電子を正確に捉えられないからです。質のよい真空をつくる装置には莫大な費用が必要なので、私は別の方法として、炭化水素の一つであるナフタレン(※3)を使う方法を考えました。ナフタレンには、固体から直接気体に昇華(※4)する性質があります。大気に触れても表面が次々と昇華し、常に新しく奇麗な表面が出てくる。これなら質のよい真空がなくても研究ができると考えましたが、真空中では昇華によってすぐに試料がなくなるため、失敗しました。試行錯誤を繰り返した結果、少し大きな分子を用いたところ実験に成功。化学の見地を物理学に取り入れた瞬間でした。
1990年代に入り、アメリカの研究者が「AIq3(※5)」という分子を用いた有機ELを開発。これが研究の転換期になりました。また、太陽電池への応用の観点から環境・エネルギー問題に貢献する領域と期待され、有機半導体は物理学と化学で注目される研究となったのです。 |