「人はなぜ肥満になるのか」という問題も、行動経済学の研究対象となります。
伝統的な経済学では、人間は合理的に意思決定をすると考えられていますから、肥満になるのも合理的な選択の結果と考えます。「今、食べるという行為」と、「将来、太るという結果」をてんびんにかけて、今、食べる方を選んだため、太っているとみるからです。
しかし、それにもかかわらず、実際には太って悩んだり、ダイエットに励んだりしています。人間は、長期的な選択については比較的、合理的に考えられるのですが、目先の欲求については、誘惑に負けてしまう傾向が強いのです。
以上のことを、アンケート調査により明らかにしたわけですが、この調査結果だけでは、心理学の研究と何ら変わりがありません。行動経済学の研究ならではの特徴は、こうした人間の行動特性に関する知見を、社会システムの設計やそれが有効かどうかのチェックに生かそうとするところです。
肥満の人が増えると、医療費の社会負担額は増えます。かといって、政府が人々の食事量を規制するわけにもいきません。そこで導入したのがいわゆる「メタボ検診」です。肥満の問題は、食べる行為と、その結果である肥満との間に大きなタイムラグが生じるために起こります。肥満になる前に健康診断を受けてもらい、BMI(※2)などの体格指数を示して警告することは、自己規制を促す効果を期待しているのです。
肥満を誘発する人間の「先延ばし行動」は、消費者金融における多重債務者問題とも似ています。伝統的な経済学では、市場がうまく機能しない時を除いて、政府は市場に介入すべきではないと考えます。貸金業についても、人は返済を前提に借金をしているのだから、いくら金利が高くても規制を加えるべきではないと考えます。
しかし、食べ物の誘惑に負けたり、運動が面倒だからといってダイエットに失敗してしまう人がいるように、金利が高くてもお金を借りてしまい、期日までに借金を返済できなくて債務不履行になる「非合理な人」は大勢います。そういう人々が社会問題になるほど増えてしまうならば、本人の意思に反してでも借りられないような制度をつくらなければなりません。上限金利の規制(※3)の引き下げは、行動経済学的に見ると、複数の借り入れ先から返済能力額を超えて借金をする、多重債務問題を解決するための効果的な措置であると評価することもできるわけです。 |